THIRD



「暗い!暗すぎる!」




教室で沈んでいた俺に、前に座っていた悪友鷲尾修一郎が、不満を申し立てた。
そんなの人の勝手だろ・・・といいたかったけれども、超絶ポジティブ思考人間にはそんな言葉は通用しないので、諦めた。
それ以前に、そんなことを言う気力さえなかった。それほど俺は落ち込んでいた。


「・・・そうかそうか。光輝さんに振られたんだな?」

からかうように聞いてきた修一郎に、俺は何も答えることが出来なかった。
まさか俺は・・・光輝兄と終わったの?いや、直接振られたわけではないけれど、朝のあれにはもう呆れてしまったに違いない。
そうすると・・・。やっぱりそう考えるのが妥当なのかもしれない。愛想を尽かして当然だろう。


「え?マジ?そんな馬鹿な!」

俺の沈黙を肯定と受け取ったのか、修一郎がかなり狼狽した。
こういうとき修一郎は、まず慌てるようなことはしない。必ずネタになるようなことを探して、まずそれでからかう。
今であれば、普通なら『それなら俺の身体で慰めてやろう、ありがたく思え』と言うはずなのに・・・。




「修一郎?何あわててるの?」



俺のツッコミに、彼は一気に冷静になった。



「いや・・・なんと言うか、信じられなくてさ。そりゃ、好きになったのは瞬のほうなのかもしれない。
まぁ、光輝さんは俺の誘惑を無視するからそのケはないだろうし・・・それ以前にそのケがあったらお前だって苦労してるはずがないし。
でも、お前と付き合うことを選んだのは、光輝さんだろ?確か
1年近く・・・だよな。そこまで付き合っていて、急に別れるかね?」




「だけど・・・」



背景を知らない修一郎に、俺は朝の顛末を事細かく話した。
光輝兄が休みだったのに大学に行かなければいけなくなったこと、俺がそれに行ったらいいと言ったこと、そして、それに兄が呆れてしまったことを・・・。
修一郎は、珍しく黙って聞いていた。決して笑い飛ばすようなことはしなかった。




「なんと言うか・・・痒くなるのは俺だけ?どっちも気を遣ってるようにしか思えないんだけど・・・」

そうつぶやき、苦笑する。

「だったらいいけど・・・でも・・・なんというか・・・」

確かに最初のほうはそういった感じだったのだ。だけど、最後のほうはすごく気まずくなってしまって・・・。

「せっかくの土曜なのに朝から兄弟げんかなんて・・・本当にお前って・・・」

ふぅ・・・と、呆れ果てる修一郎。まぁ、それは当然だよな。
もし修一郎だったら、絶対休むと言われればそうさせる。彼は人の好意は素直に受け取ることが出来る、そういう男なんだ。




「仕方ないから、空白の時間は俺が相手してあげますよ」





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7月になったとはいえ、季節はまだ梅雨の真っ最中。
今年は例年より雨は少なめだけど、じめじめして全体的に不安定なのはいつもどおりで、晴れていたかと思えば、雨が降ってくる。今も鬱陶しい湿気がまとわりついてくる。
露に濡れた木の葉がみずみずしく、真っ青な紫陽花がきれいだけれど、残念だけど今の俺はアジサイを見てきれいだと思うことは出来なかった。




(なんだか俺みたいだな)



好きだから好きな人の負担になりたくないといってうじうじしている俺と、外の、いつ晴れるか分からない、湿り気の多い天気、あながち無関係だとは思えない。
もし今日の天気がよければ、俺ももっと明るく振舞えたのかな・・・そう思ったけど、やっぱり無理なんだろうなとため息をつく。

俺は修一郎の優しさに何度救われてきたのだろうか。思い出すと、本当にきりがない。
俺の気持ちに最初に気づいたのは、彼だった。もちろん最初は否定したけれど、黙っているのが辛くなって、白状してしまった。
だけど、彼はそんな俺を気持ち悪いと思うようなことはなかった。
本当のところはわからない。でも、相変わらず友達として付き合ってくれている修一郎を信じたい。


「ほい、お茶とせんべい」

結局修一郎に甘えることにした。一人で家にいるのは何かつらくて、『光輝兄を待つ』のが無性に辛くて、誰かと何か話していたかった。
俺のほうが押しかける形になってしまったのに、こうして修一郎は何かしらおやつを出してくれる。
今回は和風という、ちょっと渋めな組み合わせなのが意外だったけど。


「修一郎ってジジくさい・・・」

と言ってみると、彼はむっとして取り上げる。

「何を言う。煎餅のしょっぱさに対し、お茶の渋さが何とも言えないんだよ。そんなに不満なら、食べなくてもいいよな」

そんな彼に『冗談です、ごめんなさい』と謝っておく。とは言え、彼の仕草がポーズだということは分かっている。落ち込んだ俺の気を紛らわせるために、あえてそんな態度をとっているのだ。

「ま、とにかく飲めよ。せっかく淹れたんだから」

そういって修一郎は何事もなかったかのように茶を差し出してくれ、俺はその厚意に甘えた。
こういうときに拒むのは、修一郎の気遣いを無視することになる・・・そう言われたのだ。


「・・・美味しい」

別に茶葉が特別であるわけではないんだけれど、修一郎が入れたお茶だと思うと、ほんのりと暖かく感じた。

「そりゃ、この俺が淹れたんだ。瞬の好みは知り尽くしてるさ」

ふふん、と偉そうに胸を張っているけど、それもまた・・・。

「俺ってそんなに辛そうな顔、してる?」

そんな俺に彼は即答する。

「もちろん。この世の終わりを見たって顔してる。じゃないとこうやって瞬を持ち帰るはずがないよ。
あー、鷹司さんに怒られる・・・」




盛大にため息をつく彼。鷹司さんは、修一郎の彼女だ。
実際に愛し合っているのかは知らないし、知ってはいけないけれど、需要と供給の法則で付き合い、互いをおもちゃとしているという・・・不健全だけど、ある意味熱々な二人だ。
そうか、俺は自分の都合で修一郎の予定を台無しにしてしまったんだな・・・。


「その・・・ごめん。約束、あったんだろ?」

申し訳なく謝った俺に、修一郎は優しく首を振る。



「・・・ばか。俺には瞬も大切なんだよ」



言い終えた途端そっぽを向き、軽く咳払いをする。どうやら照れているらしい。
考えてみたら面と向かってそう言われたことはなかったような気もする。普通友達同士でそんなことは言わない。




「・・・さんきゅ」



だから俺も正面は見られなかったけど、お礼だけは言っておいた。本当に修一郎は大切な友達だよ。

「でも、残念だけど、こればかりは俺の力じゃどうもできないんだ。瞬が自分でどうにかしないと」

もちろん、そのくらいは分かっている。こう言ってしまってはなんだけど、いくら修一郎でも俺たちのことについてどうにかできると思わないし、仮に出来たとしても、どうにかするようなことはないだろう。
表では干渉しても、自分が本気になろうと思わなければ、深いところまでは入ってこない、それが彼なんだ。


「でも・・・俺はどうしたらいいんだよ・・・」

正直、どうしたらいいかが分からなかった。『光輝兄に嫌われたくない』その一心で今までやってきたけれど、嫌われたくないからと朝のようなことを言ってしまったら、あんなことになってしまった。
もう、自分がわからなくなった。




「もう少し・・・前に出てもいいんじゃないの?」



ポツリと一言。ふとその方向を見ると、修一郎は真顔だった・・・。





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