SIXTH



光輝兄は一体何をしていたんだろう・・・そんな不安で一杯な俺に、修一郎が付き添ってくれ、帰宅する。
いつも土曜日は光輝兄は家にいることが多く、つい習慣で鍵を差し込まずにノブを回してしまったけれども、鍵は開いていた。
それで光輝兄がすでにいることを察するけれども、決して勘違いではなく―もちろん勘違いだったら相当恐ろしいことになるんだけど―中から光輝兄が駆けてきた。




「あぁ、お帰り。・・・修一郎くんか、どうしたんだ?」



俺と修一郎が一緒にいることに戸惑いを隠せない光輝兄だったけど、そんな彼を無視して修一郎はきっぱりとこう言った。



「光輝さん・・・余計なお世話かもしれないけど、もう少し瞬のことを・・・大事にしてやってください」



『大事に・・・か』それだけ言って光輝兄は黙り込んだ。
何か否定はしてくれるだろうと期待していたけれど、修一郎の言葉に反論できなかったらしい。
ということは、そんなに俺のことを大事に思っていなかったの?
どうしてもそういう結論になってしまい、俺は落胆を隠せない。


「本当・・・に君はいつも痛いところをついてくるよな」

「俺だって・・・こんなことは言いたくないよ・・・でも・・・でも・・・」

ちょっと切なそうにする修一郎に、俺の背筋が震える。何かいやな予感がする。
こういうときには何かたくらんでいることが多い。そして、困ったことにその予感はほとんど的中する。




「やっぱり好きな相手にははっきりと言わなきゃいけないもの!」



やっぱり出た。修一郎は光輝兄のことを気に入っている。
まぁ、一応はノーマル―性格は除く―だから、兄に欲情をすることはないと思う・・・んだけど・・・何故か、こういったやり取りを楽しんでる。


「そりゃ、俺には光輝さんが全てだから・・・」

『瞬のことはどうした』と光輝兄がツッコミを入れたけど、それはあっさりと無視した。今は俺のことはどうでもいいらしい。

「そりゃ、嫌われるのはいやだけどさ、でも、言うべきことは言っておかないと・・・つまり・・・」

「つまり・・・」

非常にいやな予感がする。こういうときの修一郎は、加減というものを知らない。徹底的に行き着くところまで行かないと、気がすまない。



「抱いてちょーだい」



きゅっと抱きつく修一郎。いつもは光輝兄に拒まれ、失敗するんだけど、今日は何故か成功した。
光輝兄も、つい反射で抱きしめてしまったのだろう。いくら俺を煽るためとはいえ・・・と、嫉妬を隠せない俺だったけど・・・。




「い、いだだだだだ」



光輝兄は、修一郎を抱きしめた。
それこそ、体中の骨が折れてしまうのではないかというほどの強さで。
だから、さすがの修一郎も腕の中で涙目で「ギブ」を連発した。それほど痛かったのだろう。だから心の中で合掌しておいた・・・。






----------





「光輝さんって冷たい、こんなに好きなのに」


今すぐにでもばらばらになってしまいそうなのか、全身をさすりながら修一郎がぶつぶつと愚痴をたらした。
彼にとっては別に何も考えなくても言えるのかもしれないけど、すんなりと『好き』と言える修一郎がうらやましい。
俺はそんなに簡単に言うことが出来ない。言いたくても、結構飲み込んでしまうことが多い。


「別に、君に好かれても嬉しくはないんだが・・・」

と、疲れ果てた顔で光輝兄がつぶやく。さすがに骨が折れるまで抱きしめるのは、体力を消費するらしい。

「なにさ、せっかく俺が抱いてほしいと言ってるのに。どうせ光輝さんもご無沙汰なんでしょ?」

「君の言うとおりだよ。俺はここ一年近く誰ともやってない。哀しいけど、相手は右手さ・・・」

哀しそうにため息をつき、光輝兄は右手で軽くその動作をする。

「それなら、やりたいのかどうか分からない奴よりも、明確に意思を示している奴のほうがお得じゃん」

あれ?ふと疑問に思った。修一郎は光輝兄をからかうのが好きだったはずだ。
だけど今の彼の瞳は、痛いほど真剣だ。まさか修一郎は・・・?もしそうだったら?
そして、光輝兄もそうだったら?そしたら、俺に完璧に望みはなくなる。
光輝兄も、素直な彼のほうが接しやすいだろう。


「本当に君は俺の痛いところばかりついてくるな。何か俺、君に恨まれるような悪いことでもしたか?
まぁ、確かに瞬はよく逃げるよ。ったく、俺が近づいたと思ったら、一歩退いて、実はあまり距離なんて縮まっていない?と、時々ブルーにもなるよ。
もっと甘えてほしいのに、我侭言ってほしいのに、俺の負担になると思い込んでいるんだろうな、ある程度のところで止めてしまう。本当に困った子だけどな、それでも・・・ふぅ。
考えてみたら、何故君に言わなければいけないんだ?」


「俺の気持ちを断ると言うのなら、それだけの理由がないと納得しないから」

きっぱりと放つ修一郎に、光輝兄はため息をついて返す。

「あのなぁ・・・俺はホモじゃないんだぞ?」

光輝兄は何気なく言ったんだろう。だけど、そんな一言に、俺の胸はえぐられる。俺と光輝兄の違いを見せ付けられたような気がした。
光輝兄は、やっぱり女の子が好きで、いずれ可愛い女の子と付き合って・・・。




「じゃぁ、何で瞬と付き合ってるんだよ!俺じゃいけないのかよ!?」



ものすごくブルーになりかけたけれども、皮肉な事にこの言葉でそうならずにすんだ。
まさに胸倉をつかむ勢いで修一郎は光輝兄をなじっていた。だけど、光輝兄にあわてた様子はなく、純粋に困っていたようだった。


「そりゃ、無理さ。いくら君が友達想いのいい子でも、残念だけど俺は君を愛することは出来ない。
瞬と付き合ってるのは・・・そうだな、なんて言えばいいのかな。


それは瞬だから・・・なんだよ。



笑った顔だって、嬉しそうな顔だって、瞬以外のは見たいと思わない・・・それで満足はしてくれないのか?」


照れくさそうに頭をかく光輝兄。恐ろしく嬉しくなるような言葉を言われたような気がするのは、俺の思い違いだろうか。

「あーあ、俺、失恋か。せっかく3Pを目指したのに・・・」

あからさまに落ち込んだ様子を見せる修一郎だったけど、光輝兄は何か思うところがあったようだ。別に表情を変えることもしなかった。

「修一郎くん、君もなんというか・・・自分で損をしていると思わないか?」

光輝兄の指摘は俺には理解できなかったけれども、修一郎には出来たらしい。苦笑いで応じる・・・。

「あら、気づいちゃった?でも、俺はそれでラブラブな二人を突っつくことが出来るから、どちらにしろ損はしないんだよね」

「ったく、君は楽しめるからいいんだけどな、俺はそのつど冷や冷やすることになるんだよ・・・」

「あら、後ろめたいことをするからいけないんじゃない。清く正しく美しく生きてれば、困ることなんてないのよ」

「その言葉・・・そっくり返すよ」

今まで優位に立っていた修一郎がいきなり詰まった。どうやら心当たりが腐るほどあるらしい。
まぁ、俺も、知らないわけではないけれど。


「ひどい、ひどいわ、光輝さんってば!」

嘘泣きをしそうな修一郎だったけど、光輝兄は顔色を変えることはなかった。対応に慣れている感じがして、少し胸がむかむかする。

「別に君にヒドイ人扱いされても、痛くも痒くもないんだけど・・・。それより、君の狙いは?別に俺なわけではないのだろう?」

どうやら修一郎には、何か狙いがあったらしい。俺はただ光輝兄と俺をからかいたいとしか思っていなかったんだけど、光輝兄は修一郎の不自然さに気づいたようだ。
そこまでの親密さに何も思わないわけではないけど、まぁ、二人の間に不穏な感情はないようなので、ぐっとこらえることにした。


「それは・・・」

こっそりと恥ずかしそうに彼は耳打ちし、それを聞いて光輝兄は苦笑した・・・。





NEXT



INDEX   TOP   NOVELS