SEVENTH

光輝兄がいるから、もう少しまとわりつくのかと思ったけど、修一郎は実にあっけなく帰ってしまった。
理由は鷹司さんを待たせているかららしいけれど・・・修一郎がそれを気にして帰るとは思えないし、似たもの同士である鷹司さんが、そのようなことで怒るとは思えない。どちらも自分が楽しいと思ったことをするはずだ。
だけど、今日はおとなしく引き下がった。何かあるのかと思ったけど、光輝兄がいるからそれを気にする必要もないだろう。
大切なのは、ちゃんと謝っておくことだ・・・と思ってから、ふと気づいた。ひょっとして修一郎、俺が謝りやすいようにしてくれたのかな・・・。


「その、朝はごめんなさい。俺、何かいやな言い方した・・・」

何を言えばいいのかがまとまっていなかったけれど、まずは謝っておいた。
最初に謝っておかないと、どんどん気まずくなって謝る機会を逃してしまいそうで嫌だった。
だけど、そんな俺に光輝兄は優しく首を振って止めさせた。


「悪いのは、俺だよ。瞬との約束のほうが先だったのに、ゼミのほうを優先させちまった・・・」

逆に光輝兄のほうも謝ったので、俺はあわててそれを止めさせる。別に光輝兄に落ち度はない。

「だって、学校だからしょうがないよ。そういうのはいくべきだと光輝兄も言ってるじゃないか」

光輝兄は、良くも悪くも常識人だ。そんな彼も好きだけど、ちょっと困るときもある。
俺が面倒くさくなって高校を休もうとすると、必ず『サボるな』と言う。
みんなそういうことをしていると言うと、『だからといってお前がサボっていい理由にはならないだろう』と無理やり行かせる・・・そういう人だ。
親に世話になっている身の俺だから、そうはしてるけど、サボりたい時だって確かにある。


「そりゃ、それが平日なら俺だって行くさ。だけど、今日は土曜だぞ?何で必ず行かないといけない?
しかも、あっちの手違いのせいで巻き込まれたんだ。俺は被害者なんだ。慰謝料もらいたいくらいだよ、まったく・・・」


ぶつぶつと、本当に虫の居所が悪くなるようなことがあったのか、光輝兄はいつも以上に長く愚痴をたれた。
それに口を挟めずにいると、彼は思い出したかのように言葉を付け加えた。




「忘れるところだった。まだ時間はたっぷりある。もし嫌じゃなければ、デートでもするか?」



『忘れるところだった』と言ったことに一瞬むっとしたけど、その言葉とは裏腹に光輝兄の瞳は『デートのことは忘れていない』と言っているような気がして、俺は苦笑する。
今すぐにでも行きたかったのが本音だけど、わざわざ休みの中大学に行ってきた光輝兄に無理させるのも、何か悪いような気がした。


「光輝兄、疲れてるんでしょ?だったらいいよ。別に明日だってどこにでもいけるし、今日急ぐ理由もないし・・・それに、雨の中外に出るのも・・・」

別に雨といってもそこまで降りが激しいわけではない。
それに・・・本当は俺は雨であろうとなかろうと光輝兄となら平気だけど。そう言った俺に、光輝兄は苦笑する。
俺が気を遣ってしまったことに気づいているらしい。




「言い方を変えたほうがよかったかな?俺が今日行きたいんだよ。明日になったら面倒くさくなって嫌になるかもしれない」



優しげなまなざしで言われ、俺は素直にうんと言った・・・。





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「あ、雨、あがってる・・・」


気を取り直して、俺たちは本来することになっていたデートを行うこととなった。
その第一歩としてドアを開けると、まぶしい水色の世界が一面に広がっていた。
先ほどまではしとしととねずみ色の空から堕ちていたものがあったけれど、今は雲ひとつない青空で、先ほどまでの天気が信じられない・・・俺はつい目をこすってしまったけれども、目の前の景色は逃げはしなかった。
それを知るのと同時に俺の心も羽が生えたかのように軽くなっていくのを感じる。
まるで悪夢の中をさまよっていた感じがして、今までの俺は何だったのだろうかと、笑えてくる。


「おい、見てみろ、虹が出てる」

俺が考え事をしていたら、いつの間にか下に降りたのか、そこでは光輝兄がまるで子供であるかのように騒ぐ。
だからあわてて光輝兄のところに駆け寄ってその方向を眺めると、確かに天空には七色の橋がかかっていた。
しかもそれにはもう一つおまけがあり、仲良く寄り添っているようにも感じる。そんな不思議な光景に俺たちはしばらくそれに見とれていた・・・。




「綺麗・・・」



思っていたよりも長く橋は架かっていたので、俺はぼーっとそれを見続ける。
確かに虹自体が綺麗だってこともあるけど、それ以上に、意図して見れないものを、こうやって大好きな人と見ていることができるなんて、なんて幸せな男なんだろう・・・それをかみ締めていた。




「・・・光輝兄?」




気がつけば後ろからぎゅっと抱き付いてきた。すこしだけ『兄弟』を超えて付き合うようになってから、光輝兄のいろいろなところに驚かされる。
スキンシップをしそうには見えない光輝兄だけど、何故か俺に対してはいろいろとしてくることが多い。しかも、時にはかなりやばいイタズラめいたことをする。
そんな彼も好きだけど、こうやってゆっくりと抱きしめられているほうが、包まれている気がして好きだ・・・って、そんなことを思っている場合じゃないだろう。


「何で抱きついてるの?」

疑問を持った俺に、彼は即答。

「抱きつきたかったから」

あっさりと言われたので、恥ずかしがるよりも前に、あっけに取られるしかなかった。

「・・・嫌だったか?」

沈黙をそう受け取ってしまったらしい。いくら光輝兄のことが好きだとはいえ、さすがに外で抱きつかれると、嬉しい気持ちよりも、困る部分のほうが多い。
兄は開き直るとそういうことも平気で出来る人間だけど、俺はそうじゃない。恥ずかしいものはやっぱり恥ずかしい。
だけど、今日は不思議と拒否しようと思うことはなかった。本当に離れたくなかった。




「ん・・・嫌じゃないよ」



そうか・・・優しくそれだけ言って兄はほんの少し抱きしめる力を強くし、俺は彼に身を任せた。俺たちのことを見届けて安心したのか、先ほどまで架かっていた七色の橋はすっと消えていった・・・。





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