EIGHTH

今度は本当にデートのことを忘れてしまっていて、かれこれ2、30分はそこで立っていたのかもしれない。
だけど、デートについては、別にどうでもよくなってしまった。兄と遊びに行くのなら、本当にいつだって出来る。
明日がだめなら、その後だってある。別に、光輝兄のことを考えてそう言っているわけじゃない。光輝兄と一緒なら、デートしていても、昼寝をしていても、やっぱり大切な時間なんだ。

それに・・・もうすこし兄の腕の中でまどろんでいたかったから、本当にデートのことなんかどうでもよかった・・・よかったんだけど・・・。



「おっと、こんなことをしている場合じゃないな」



先に離れたのは、光輝兄だった。いつもだったら俺のほうが恥ずかしがって離れることが多いけど、今日は違っていた。
しかも、さっきまでのことを『こんなこと』と片付けてしまって、俺はなんと言えばいいのかが分からなかった。光輝兄にとって俺を抱きしめることは、『こんなこと』で済む話なのだろうか。
俺にとってはそんな簡単なことではないのに・・・。

「光輝兄は俺に『こんなこと』で片付くようなことをしてたんだ」

いつもならおとなしく彼の言うことに従っているけれど、今日はどうしてもその不満が抑えられずについ光輝兄に文句を言ってしまうと、彼は困ったような顔をした。だけど、何も言わなかったから、俺は続ける。



「・・・俺はもう少し光輝兄に抱きしめてほしかったのに・・・」



すると光輝兄が苦笑する。俺が何に不満だったかに気づいてくれたらしい。
それなら光輝兄のことだから再び・・・と思ったんだけど、光輝兄には何か思うところがあるらしく、それは叶わなかった。


「それなら、帰ったらいくらでもやってやるよ。それより、デートだデート!行きたくないのなら・・・」

『望むとおりにしてやるけど?』と脅され、俺は白旗を振った・・・。





そうまでして光輝兄が俺を引っ張り出そうとしたから、どこか行くところでもあるのかな・・・と思ったんだけど、実際に行ったのは、いつもと別に変わらない場所だった。
ゲーセンはまぁ、光輝兄が行くようなことはほとんどないけど、俺自身は結構友達と行っているからあまりデートというような感じはしなかった。普通の仲のいい兄弟がやっていることと同じだ。そこで一時間程度普通に遊んでから、一般的な高校生が中々行く機会のないデパートに行った。
光輝兄はネクタイがほしいみたいで、自分ではどれがいいのか分からないからと選ぶのを手伝ったけれども、それはそれでデートとは何かが違うような気もする。


「光輝兄・・・わざわざこんなときにネクタイなんて買わなくても・・・」

別に光輝兄の買い物に付き合うのが嫌いであるわけじゃない。光輝兄と一緒ならどこだって楽しいんだ・・・けど、こういうときにはもっとデートらしいことをしたい・・・そう思うのは俺の我侭だろうか?

「こういうときだからだよ。残念だけど、俺にはセンスがないからどういうのを選んだらいいか解らないんだ。
瞬ならどれが俺に似合うかわかりそうだしな」


大嘘だ。確かに光輝兄は流行を追うようなタイプではない。自分のいいものを見つける、そんなタイプだ。
だけど、それがセンスがないという意味にはならない。はっきり言って俺なんかよりはるかに目が肥えている。
だから、もし変なのを選んでしまったら・・・という不安が俺の中にある。


「何言ってるんだよ。光輝兄のほうが・・・」

絶対本人に似合うものを選ぶ。光輝兄の選ぶものに間違いなどあるはずがない。
長い間彼の弟をやっている俺には絶対的な確信がある。だけど光輝兄はあくまでも俺に選ばせるようだ。


「俺の価値観とお前のは違うだろう?いつも自分で探すのも面白くない。だから俺は人が選んだのをつけてみたいんだよ」

ここまで来ると光輝兄は絶対退かない。だから俺は全ての責任を光輝兄にとってもらうことで選ぶことにした。
安いものから(それでもデパートだから高めではある)本当に高いものまでたくさんあると目移りしてしまう。
水玉もいいし、普通のラインが入ったものも悪くはない。色は赤いのも悪くはないけれど、青系統が似合いそうだ・・・と選んでいるところで、楽しんでいる自分に気づく。
好きな人のために何か選ぶのは、楽しい。光輝兄自身が払うらしく、自分でお金を出すわけではないけれど、俺が選んだのをつけていると思うだけで心が温まる。普通の生活でやるようなことだけど、どう考えてもこれはデートだった。


「うーん・・・光輝兄は何をつけてもかっこいいから困る・・・」

結局結論はこうなる。恥ずかしいけれど、俺にはそうとしか思えなかった。

どんな色だろうが、どんな柄だろうが、光輝兄が格好いいことに変わりはないのだ。


「お、おい、それじゃお前に選ばせる意味がないだろう・・・」

苦笑いしながら光輝兄がダメ出しする。その顔は微妙に赤く、照れていることを察する。
しかも困ったことにそれが伝染し、俺の顔まで赤くなる。とはいえ自分でも恥ずかしいことを言っている自覚があるから仕方がない。


「じゃ、これ・・・」

照れ隠しにそこにあった一本を光輝兄に渡す。それは最初何となくいいと思ったやつだった。結構第一印象は大きいらしい。

「お、これか、いいじゃないか」

喜びながら光輝兄が受け取る。光輝兄が喜んでくれるなら、俺も嬉しい。すると光輝兄は同じ売り場で何か探し始めた。
他にも欲しいネクタイがあるのだろうか・・・と思ったけれど、どうも違うらしい。


「お前にはこれが似合いそうだな・・・」

そういって一本見せる。落ち着いた柄で気に入ったけど、はっきり言うとそれが俺に似合うかどうかはわからない。
だけど、そんなことはどうでも良かった。光輝兄が俺のために選んでくれたのが嬉しかった。


「ま、まだつける機会はないと思うが、必要となったら・・・」

確かにまだ高校生である俺がネクタイを着用するのは、遠くないとはいえ、当分先のことだろう。
でも、ちょっと先の未来が約束されているようで、舞い上がってしまう俺。だから調子に乗ってしまう。


「もちろんちゃんとつけるから、そのときまで俺を捨てないでよね」

そう言ってみると、『馬鹿なことをいうな』と優しく軽く小突かれた・・・。




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