TENTH



デート自体は特別変わらなかった・・・と思ったんだけど、いつもとあまり変わらないと感じたのは最初だけだった。
そろそろ腹が減ったから何か食べたい・・・と思っていたんだけど、光輝兄も同じだったみたいで、どこかで夕飯にしようということになった。
光輝兄がいいところを知っているみたいで、俺も彼と一緒であればどこだっていい―というよりも、彼のほうがどう考えてもセンスがあるから、言う通りにしておいたほうが安心である―から任せてはみたんだけど・・・着いてみたらそこは、一言で言えばシティホテルだった。それこそ、みんな知っているといってもおかしくはない、超一流ホテル。俺みたいな高校生が逆立ちしても泊まれる場所ではない。
そんなところに光輝兄は何の用があるのだろうか。アパートがあるから泊まることは考えられない。まさかここで食事をするとでも・・・?




「着いたぞ」



と、声をかけられ、俺は現実の世界に戻ってきた。本当に目的地はここであるらしい。
周りを見ると、やっぱりそういう金を持っていそうな人たちが多く、俺のようなガキには不釣合いな場所で、正直戸惑いを隠せない。それに、男同士で入っていいのかどうかという迷いもないわけではない。

後ろめたいことをするわけではないし、光輝兄がそんなことを考えることはないだろうけど。


「光輝兄、他にいいところはないの?こんなところに俺なんて、場違いみたいなんだけど・・・」

これに関しては俺だけでなく、同じ年齢の人ならそう言うだろう。それこそ雑誌の特集で常に上位にランクインされているような評判のいいホテルであるためか、あからさまな威圧感はないんだけど、豪華なつくりであることには変わらず、一刻も早くここから出たかった。
まぁ、それはホテルマンも同じだろう。俺のような貧乏人よりは、金持ちに来てほしいはずだ。


「残念だけど、予約を取ってあるんだ。現場に来ておきながら今更来れませんというのもおかしいだろ?腹をくくることだ。
まぁ、瞬の気持ちは分かるさ。俺も高校のころは行きたいとも思わなかったよ。高校生がこんなところには不釣合いだ・・・けど、それで卑屈になってはいけないな。堂々としていれば、結構慣れるものさ。

まぁ・・・こればかりは場数を踏まないといけないというのもあるんだろうけどな・・・」


光輝兄の確信犯的手法には、俺もびっくりして開いた口がふさがらなかった。
最初に目的地を言わなかったのは、びびって俺が逃げることを防ぐためだろう。さすがは光輝兄・・・こんなところで感心してしまった。
でも、何故ここまでこのホテル・・・というか、この店にこだわるのだろうか。普通ホテルであっても、超高級フレンチくらいでなければ、予約をしないでも平気なはずだ。飛び込みで行っても何ら問題はない・・・って、やっぱり俺が逃げるのを防ぐためなのかもしれない。
光輝兄がここまで搦め手を使って俺を連れてくるのが理解できないけど、ここで不満を言ってしまっては折角予約してくれた光輝兄に悪い気もした。


「わかったよ、光輝兄が予約してくれたんだから・・・もちろん、おごりだよね?俺、そんなに金ないよ」

茶化して言ってみると、彼はもちろんだと言った・・・。





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光輝兄はどこでそんな経験をしていたのか年の割にはかなり場慣れをしていて、俺が戸惑う暇もなく従業員と会話をしていた。それで、肝心の俺は引きずられるようにして中に入ったものだ。
ただ、食事は懸念していた超高級おフランスではなく、『比較的』カジュアルなイタリアンだった・・・けれども、やっぱり高いんだろうな・・・と思ってしまう俺。
この金額なら何日分の食費が・・・といった不毛なことは考えるのをやめた。光輝兄のおごりなら、楽しめるだけ楽しんでおくのがベストだ。
ただ、せめてもの救いは、確かに高そうだったけれども、ビュッフェスタイルであったことだ。家族連れの客も多く、自由に好きなものを取りにいけて、適度に空気も動いている。コースだったら今の俺では萎縮してしまってあまり楽しめなかったかもしれない。


とはいえ・・・一つ気になることがあった。何で光輝兄はそこまで場慣れしているのだろうか?
出張が多いビジネスマンならまだしも、光輝兄は学生だから、そういうのにお世話になる機会はそんなにはないはずだ。普通のビジネスホテルならまだしも、高級ホテルのお世話には。
それ以前に、光輝兄が外泊をするのは、ゼミ関係など、数えるほどしかない。
でも、彼の言葉から考えると、相当場慣れをしているんだろう・・・とまで考えてから、一つどうしようもなく嫌な理由に気づいた。





(女・・・)




過去のことを詮索しても仕方ないのかもしれない。今光輝兄が付き合っているのは俺なわけで、その事実さえあればいいことは分かってる・・・分かってはいるんだけど、もやもやした気持ちが這い上がってくるのを止めることは出来なかった。

これは嫉妬だ。しかも、ものすごく愚かしい・・・。

光輝兄はどんな顔で女性とここに来ていたのだろうか。その女は光輝兄にどんな顔をしていたんだろうか?どうせ媚びたような甘ったるいものなんだろう。
光輝兄はかつてそれなりには女性と付き合ったことがあるみたいだし、当然付き合っていなくても女のほうが放ってはおかないはずだからお付き合いに困ることはないけれど、それを俺に話すようなことはほとんどなかった。
そんなのは兄弟で話すようなことではないし、俺自身知りたくもなかった。




「光輝・・・兄・・・?」



両手に皿を持って席に戻ってきた兄が、いつものように気を遣ってか『何かとってきてほしいのか?』と軽く聞きかけたみたいだけど、俺の不機嫌な顔に気づいて、表情が怪訝そうなものとなった。

「どうした?気に入らなかったか?」

俺の機嫌の悪さを、そういう方向に受け取ったらしい。何も知らない彼のことだ。妥当といえば妥当だ。
料理自体は美味しい。どんなに自分の心が嫉妬で渦巻いていたとしても、それはしっかりと感じてしまう。
俺みたいな一般高校生が普通に生きていたら、ほとんど口にする機会のないものだ。だからこそ、腹が立つ!ここでまずいのが出てきたら、そっちのせいにすることが出来たのに・・・。


しかも、こういうときに限って鈍感な光輝兄にも腹が立った。


「誰と・・・ここに行ってたの・・・?」

「は?」

質問の意図が解らなかったようで、光輝兄は呆気に取られる。仕方がないといえば仕方がない。
もちろん高級ホテルにそぐわない話だということは分かっている。普通に食事は楽しんで、文句は建物を出てから行ったほうが、周りの迷惑にもならない。だけど、それでも俺に止めることが出来なかった。





「他の女と・・・行ってたんでしょ?」





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