ELEVENTH



「何馬鹿なこと言ってるんだよ」


今までずっと、幸せだった。
不満などあるはずがなかった。
光輝兄が側にいて、俺を愛してくれる。
恋人というのには程遠くても、わざわざ恋人という言葉を使う必要がないほど幸せで満ちあふれていた。
時々悩みが芽生えても、光輝兄の顔を見るだけで消し飛んでしまう・・・嘘偽りもなく、本当に幸せだった。



それでもそれは存在した。



自分でも気づかないほど深く、心の奥底にくすぶり続けていた不安・・・全て搾り出すようにして放った俺に、光輝兄は一瞬驚いたものの、すぐさま彼は否定した。
全く心当たりがないといった顔だ。


「変だと思ったよ。あまりそういうところに行かないのにすごく光輝兄の対応が慣れてて、俺の知ってる光輝兄じゃなくて・・・」

俺なんかこのホテルに入るだけで緊張しているのに、光輝兄はあっさりと対応している。そんな彼を見たことは今までなかった。

「行くわけないだろう」

『何かおかしい』そう言おうとした俺をさえぎり、光輝兄は即否定をする。

「じゃぁ、教えてよ!何でそんなに慣れてるの!?」

最初はただの疑問だった。軽い程度のもので、納得する答えをくれれば、俺だってそれでよかった。だけど、光輝兄の態度がますます俺を不安にさせる。
光輝兄を信じればいいんだとわかっている。そうしていれば俺は幸せでいられると解っていても、俺に宿る不安がそれをさせなかった。
そして、一度持ってしまった疑いは、ますます大きくなるばかりでとどまることを知らない。
大きくなっていく疑いが、ますます俺を不安にさせる・・・そんな悪循環が続く。


「慣れてるって・・・なぁ、そりゃ、お前よりも長く生きてるんだから仕方ないだろう・・・。
高校と大学では付き合いの幅だって変わってくるから、行ったところでおかしくもないだろ?
それに、ゼミでも結構食事しに行ってるし。別にホテルの食事客が全て宿泊者だという話は聞いたことがないぞ。
というか、何でお前は女と結び付けるんだ?別に女とじゃなくたって行けるだろう」


「言えないんだ」

女と行ってたって!過去の彼女と行ったって!

本当に心当たりがないのなら、堂々と言えばいいんだ。それで、『今はお前だけだ』、そう言ってくれれば俺だって仕方ないって引き下がるのに。
それとも、今も隠れて誰かと行ってるの?男の俺は嫌だからと女と一緒にいるの?




「お前、俺を信じないのか?」



最初は俺の怒りの理由に気づいていなかったみたいで、純粋に疑問の表情だったけど、俺の表情で全てを悟ってしまったらしい。光輝兄の顔がだんだんと険しいものに変わっていく。
もちろんそれに気づかなかったわけではないけれど、俺もここまできたら止まらなかった。ありとあらゆる言葉を光輝兄にぶつけてしまう。


「信じる?どこをどうしたら?俺がどんな気持ちでいるか知らないくせに!
光輝兄はもてるから、女の子はいつも見てて、俺はいつ捨てられるのかって怯えてて・・・どうせ光輝兄には・・・弟がかわいそうで仕方なく男と付き合っている光輝兄には俺の気持ちなんて分からないよ!」


気まずすぎる沈黙が漂った。当然、俺も自分の言ったことの重大さに気づかないほど、馬鹿ではなかった・・・そして、幸運な男でもなかった。
今すぐ取り消さないといけない・・・これは全て自分の八つ当たりでしかないのに。だけど、なんて続ければいいか分からなかった。




「そうか・・・やっぱり俺を信じていなかったんだな」



光輝兄は哀しそうにつぶやいた。



「そ、それは・・・」



「いまさら言い訳しなくていい。今のでわかったよ。俺の言葉を信じていないんだろ?
それは俺の責任なのかもしれないけど・・・瞬・・・お前は俺にどうしてほしいんだ?
俺はどうしたらお前に信じてもらえるんだ?教えてくれよ。

もう・・・どうしたらいいのか分からないよ。

俺はずっとお前に心を開いてもらえるよう努力したつもりだった。俺が瞬と付き合うことを選んだのが信じられないようだったから、俺にできるだけのことはしたつもりだよ。
女と付き合うような真似もしていないし、変なこともしていない。本当にゼミの連中と行っただけなのに・・・でも・・・よそう。こんなところで言い合いをしても、仕方ない」


すると彼は財布から一枚抜き出す。

「光輝兄!」

「俺と一緒にいても、不味くなるだけだろう?」

終わった・・・ただそれだけ思った。去っていく光輝兄を、追うことすら出来なかった。
怖かった。あそこまで怒っている・・・いや、違う。あんなに疲れきっていた彼を見たのは、初めてだった。
いつも光輝兄は優しくて・・・何があっても俺を遺してどこかに行くようなことはないと自惚れていたのかもしれない。
でも、愛想を尽かして当然だよな。兄に従順でない弟など、好きな人を信じることの出来ない男など、どう考えても付き合う価値はないだろう。
とにかく俺は無理やり皿を平らげた。本当は何も胃に入らないほど、辛かった。



泣きたくなるほど辛かった。



だけど、ここは店だ。何もなかったようにしておかなければならない・・・などと、『冷静』な俺。



だけど、そうでもして何か別なことをしていなければ、身体のどこかを動かして気を紛らわしていなければ、
心も身体もばらばらになってしまいそうだった。





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