TWELFTH



光輝兄が去って、独り俺は取り残された。
周りの視線に気づかなかったわけではないけれど、別に対して問題には感じなかった。
ただ単にホテルでの兄弟喧嘩が珍しかっただけだろう。そんな些細なことよりも、光輝兄に嫌われたショックが俺の中を満たしていた。
どんなときにも手を差し伸べてくれた光輝兄に嫌われた・・・その辛さを言葉で表すことは出来なかった。




(どうしたらいいんだろう・・・)



今振り返ると、光輝兄と大きい喧嘩をしたことはなかった気がする。
全く喧嘩をしないわけではないけれど、自然とどちらかが折れていた。いつの間にか仲直りはしていた。
俺の気持ちを知ったときは何もなかったわけではないし、気まずくはなったけれど、お互い避けあったから、喧嘩にすらならなかった。だから、こういった場合、どうすればいいのかがわからない。


「その・・・お客様・・・」

悩みに悩んでいると、右後ろから店員さんが困ったように声をかけてきた。他の人かと思っていたけれど、何度もかかるその声で俺を呼んでいることを知る。先ほどの騒ぎを迷惑だと思ったのだろう。

「・・・迷惑かけてごめんなさい。今すぐ出てきますね」

すると店員さんは・・・。

「鷺沼・・・瞬さまですよね?」

何で俺を知ってるの?驚きのあまり、声がでなかった。そんなに俺は有名人なのだろうか・・・いや、そんなはずはない。なら、どうして?その疑問は解ける様子はなく、膨れ上がるしかなかった・・・。

「あなたのお兄さまから預かっていたものがございまして・・・」

口には出さなかったけれども、渡そうかどうか迷っているのが明らかである彼女に、持ってくるよう頼んでおいた。
ただでさえ迷惑をかけているのだ。ここで拒否をしてさらに上塗りをする必要はないだろう。すると彼女は言われたとおり持ってきた。
しかもそれは、花束だった・・・。


「どうして・・・?」

何故花束?という疑問もあったけれど、それ以上に中身に惹かれた。
知っている名前、知らない名前・・・いろいろな花が束ねてあったけれど、メインとなっているのだろうか、青と紫を足して二で割ったような、涼しげだけれど繊細そうな花に惹かれた。
六枚の花びらを持ち、寄り添うように咲いているその花の名は知らないけれど、俺に何かを伝えようとしている気がした。


「光輝さんに頼まれまして。弟さんが誕生日だからって・・・」



「俺の・・・誕生日・・・?」



頭を整理して考えた。今日は確か7月の・・・。



「あ・・・」

自分の誕生日なのに、すっかりと忘れていた。そうだ、今日は俺の誕生日だ・・・。
自分のを忘れるなんて変だけど、最近は何かと忙しく、テストがあるから、そんなのは頭から消え去っていた。
光輝兄があの時呆れたのも無理はない。自分の誕生日を忘れているんだから。


「だから、一つの花束を頼まれたんです」

どうやら彼女はウェイトレスではなく、花屋だったらしい。それで、予約していた時間に待機していたということだ。

「その花は・・・?」

今日が俺の誕生日ということなら、プレゼントとして花束を選んだのなら、光輝兄は何か意味を含ませた・・・漠然とそう思った。無意味であるはずはない。
俺と兄の間で花をやり取りするときは、何かメッセージを持たせることが多い。俺たちのきっかけとなったワスレナグサから始まって、何か大切な思いを伝えようとするときには、花を使うこともあった。
光輝兄に甘えることが出来ない俺と、中々想いを伝えてくれない光輝兄にとっては、大切なものだった。


「ブローディア・・・ユリ科の植物ですね。ヒメアガパンサスとも呼ばれてますが・・・こちらの名前のほうがなんとなく響きが好きなので」

「で、何でその、ブローディアが・・・?」

光輝兄はもともと花に興味があるわけではないから、そこまで詳しいわけではない。それは俺も一緒だ。
だけど、そんな状況で、俺たちが知らなさそうなその花を選ぶということは・・・?


「こう言ってしまって良いのかどうかは分からないんですけど・・・怒らないでくださいね。
ケースの前で長時間光輝さんが悩んでいたので、渡す方のイメージを聞いて、私が花をチョイスしたわけなんですよ。どうも光輝さんもそれが気に入っていたみたいなんですけど」


俺の表情に気づいたのか、さりげなく・・・とは言いがたいけれど、付け加えた。

「大切な弟さんにプレゼントすると聞いたので、私もむやみやたらなものは作れませんから、いろいろイメージを聞いて探したんですけど、どうもこの花しか似合わないような気がしまして。
多分、光輝さんも一緒ですよ。最初それに釘付けになっていまして、結局はこの花をメインにということでしたから」


「光輝兄は、俺のこと、なんて言ってました?」

彼女は光輝兄から俺のイメージを聞いて花束を作ったらしい。光輝兄が自分で選んでくれればと思ったけど・・・それは心の中に秘めておくことにする。それより、光輝兄は俺のこと、なんて言ったのだろう?

「優しそうに話していらっしゃいました。本当にあなたのことが大切なんですね。
悪口は言っているんですけど、どうも照れ隠しにしか見えなくて。彼もそれは自覚しているんでしょうね。
『誕生日祝いに花束をプレゼントするって』言いつつも『男が男にあげるなんて変かな?』と聞いて・・・。でも、結局あげることに決めたみたいです。
しかも、わざと人のいるところであげたかったみたいで・・・そこまで想われてる弟さんは誰なのかな、と、好奇心もあって、渡す役を買って出たわけなんですが・・・」


先ほどのやり取りを見ていたのか、困ったように口を閉ざした。

「別に良いよ。その花、もう役目はなくなっちゃったから・・・」

自然と全てを理解していた。俺がただ勘違いをして、怒っていただけ。
光輝兄は俺の誕生日祝いをしたかったのだろう。だから、出席要請が出た大学も無理に休もうとして、俺を外に引っ張り出そうとしたのだ。
しかも、前にそのホテルに行っているのなら、慣れていて当然だ。
何で俺はしっかりと光輝兄の話を聞こうとしなかったのだろう。しっかりと彼を信じていれば・・・と思ったけれど、もう、遅いのだ。光輝兄はこんな馬鹿な俺を見限るだろう。


「差し出がましいとは分かっているんですが、まだ、終わったわけではないと思いますよ。光輝さんは出て行くとき処分を頼まなかったわけですから。
本当に瞬くんの顔を見るのがいやだったら、すでにもって帰っているはずですよ」


俺に渡したということは・・・まだ、望みはあるってことなのかな・・・?

「それに・・・まぁ、これこそ余計なお世話なんですけど、兄弟げんかはいつやったっていいじゃないですか?後から仲直りすれば。そういうけんかって、近い人との間でしか、出来ないと思いますよ。
私は兄がいるんですけどね、男は女に優しくしろ・・・とかいって、怒ることも、手を上げることもなかったから、そういうのを見てると、うらやましく思うんです」


それは、彼女なりの励ましであることに気づいた。俺が相当落ち込んでいることに気づいていたのだろう。
普通他人のけんかを見てうらやましいという人はいない。どうやら俺はそれだけ辛そうな顔をしているらしい。


「どうしますか?嫌なら私がもって帰りますが」

もちろん俺は持って帰ることを選んだのだった。





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