NINETEENTH



一つ一つ、噛み砕くように話す光輝兄。馬鹿な俺にわかるよう、気持ちが込められていて・・・光輝兄の、心からの愛情を受け取ったような気がする。
嬉しかった。幸せだった。胸の中はもう一杯だったけど、そんな気持ちとは裏腹に、違った気持ちも溢れてきて・・・口が勝手に動いていた。


「そうは言うけどさ、怖いよ。不安だよ。だって、終わりが来たら・・・どうするの。
光輝兄は、確かに今は俺のことを見てくれる。でも、もし他にいい子がいたら?

現実問題、一生結婚しないわけにはいかないだろ?

それ以前に・・・光輝兄は俺の気持ち、考えたことある?捨てられたらっていつも怖くて。置いてかれたらどうしようって!男の癖にうじうじ悩んでるんだよ、俺は。光輝兄の好きな『弟』じゃないんだよ!
それでも、俺以外とは付き合わないって言えるの?」


好きな相手を信じることの出来ない自分に嫌気がさす。別に彼を疑っているわけではない。この言葉に込められているのは、嘘も偽りもない気持ちなのだろう。
だけど、それでも止められなかった。光輝兄は長男だ。家だって継がないといけない。家がそんなに大きいわけではない。ただのサラリーマンの家庭だけれど、光輝兄にそれだけの期待がかかっていることくらい知っている。
『そんなの、わからないじゃないか』そう続けようとしたけれど、それは光輝兄の言葉に遮られる。


「悩んでるのは、瞬だけじゃないよ。俺だって・・・怖いんだよ。
近づいたかと思えば、遠くに感じることもあるということは言ったかと思うけど、時々手を離したら瞬が二度と届かないところに行くんじゃないかとも思うんだ。
冗談抜きでお前を失うかと思ったんだからな。そのときの恐怖は・・・未だ忘れてはいないんだよ」


それは、俺の記憶喪失のことを言っているのだろう。全てのきっかけとなった、忌まわしいけれど、決して忘れてはいけない、あの日の事故。
忘れたい、忘れたいと思っていたあのときだけど、今は大切な想い出として俺の中に眠っている。俺だけかと思ったけれど、光輝兄の中にも生きているらしい。


俺と彼を結び付けた『ワスレナグサ』も、ささやかにではあるけれど、花をつけている。
忘れてくれと言われたから、忘れられなくなった・・・光輝兄はそう言っていた。彼は今でも俺のことを忘れないでくれている。それだけでなく、俺のためにずっと悩んでくれていたんだ。


「でも・・・いや、失うことの怖さを知っているからこそ言えるんだよ。約束もするよ。
世界で一番大切なものに対して『瞬以外とは付き合わない』と誓おうじゃないか。だけど・・・それだけじゃだめなんだ」


「だめ?」

俺たちの始まりの花であるワスレナグサに誓うのか・・・そう思ったけれど、それだけではなかったらしい。俺は光輝兄の言葉を待つ。

「あぁ。いくらこっちがその気でも、瞬が俺を信じてくれないと、俺はお前に対して誓うことが出来ないんだよ・・・」

言い終えた途端そっぽを向こうとした光輝兄はそれをやめ、まっすぐと俺の瞳を射抜くかのように見つめてきた。決して一滴のにごりもなく、純粋に俺だけを見つめていた。
紛れも無く光輝兄の本気だった。ここから先は俺も本気で返さないといけない。いつものように逃げては光輝兄の気持ちを受け取ることが出来なくなってしまう。




「本当に・・・光輝兄を信じてもいいの?」



でも、不安がないわけではない。理屈では解っていても、感情が追いつかない。
遠い未来に不安がまだ残る。光輝兄の手をとるのが一番いい選択だとは解っているけれど、俺にとって都合の良すぎる話であるわけで・・・。




「信じてくれないと、困るよ・・・」



『信じてくれ』というかと思ったら、苦笑いされ・・・ほんのりと頬が赤くて、いつもの光輝兄であることに気づく。俺は信じることを選んだ。



「だったら光輝兄を信じるから・・・光輝兄も俺だけを愛するって誓ってよ」



光輝兄は何も言わなかった。だけど、その答えは受け取った。
光輝兄は優しく、だけど、力強く俺を抱きしめた。光輝兄は男を好きになるような人ではないから、あまり安売りはしないから、言葉ではあまり表してくれない。
だけど、態度で示してくれる。この震える腕こそが、何にも換えがたい真実なんだ。だから俺は光輝兄を信じる。この腕が真実のものであると・・・。





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