Tenth



せっかく買った浴衣だったけど、これを着て外に出るまでに、かなり紆余曲折があった。光輝兄が何故か反対したのだ。


理由は・・・悪い虫がつくかららしい。


俺に虫なんかつきようがないのに、最近妙に過保護なんではないかと思える兄は、断固反対した。
俺から言わせると、光輝兄のほうにまとわりつくと思うんだけど・・・それを言ったら怒られるのは目に見えていたので、あえて言わなかった。
とにかく、せっかく買ったものを着ないとは何事かと文句を言いまくって、やっと光輝兄は折れてくれた。





かっこいい人は何を着てもかっこいいと言うけれど、
俺の大好きな兄は理不尽にもそれを証明している。
それなりに着崩しているはずなんだけど、
だらしないという感じは全く無く、
かえって様になっている。



しかも背が高いせいか、俺みたいに「着られている」というわけでなく、ちゃんと着こなしている。
なおかつほどよく胸元が見えるので、かっこよさ10割り増しだ。
浴衣姿で抱きしめてほしい・・・ついでに俺の浴衣を・・・



(自主規制)



・・・そう思っている俺はかなり変態なのかもしれない。
前はただ側にいてくれればそれで満足だったんだけど、俺はどんどん望んでしまう・・・。



「ん?どうした?」

そんな俺の気持ちも解らず、彼は何気なく聞いてくる。

「えーっと・・・光輝兄、かっこいい・・・」

俺は目の前の恋人・・・というよりも、大切な人なんだけど・・・にかなり頭がいかれていると思う。
恋は盲目というけれど、俺はそれを地で行っている気がする。

「そ、そうか?」

不自然に視線が泳いでいるのを見て、照れてるんではないか?そう思えてくる。
何か返してくれるのかと思ったけれど、無言だった。
ちょっとは俺のこと褒めてくれてもいいのに、と思ったけど、無言で手を差し出されてきたので、俺は喜んでそれを握り返す。










(大好き)










口には出さなかったけど。





俺と光輝兄は『お付き合い』している。
好きになったのは俺のほうだ・・・というより、俺の『片想い』というべきなのかもしれない。
最初はただの憧れだった。家族で一番近い位置にいることも多いので、『大好きな兄』というのは、兄弟にはよくある光景だろう。
極端な話、小さいころに誰と結婚したいかと聞かれて、『お兄ちゃん』と答える。
それで親は『男の子同士じゃ結婚できないのよ』と優しく諭し、普通はその話はそれで終わり、数多くの想い出の中に埋没し、忘れ去られる・・・。




が、俺はそれでは終わらなかった。



気がつけば、女の子に恋することが出来なくなっていた。
いや、俺だって男しか好きになれない人種ではないから、いいなぁ、と思う女の子はいるんだけど、それを意識すると、いつの間にか光輝兄と比較している自分がそこにいる。
つまりは、実の兄に恋してしまったわけだ。



それから告白し、玉砕した。お互い避けて避けられてという、苦しすぎる状況が続き、これ以上光輝兄に嫌われたくなかったので、忘れるためにお情けでデートしてもらったら、交通事故。
しかも皮肉としかいえないけれど、願ったとおり記憶喪失になってしまった。
記憶を失った『俺』も光輝兄を好きになるなど・・・それから紆余曲折があり、やっぱりお互い傷つけあう事になってしまったけれど、なんとか今の関係に落ち着いた。
俺がそういう気持ちで見ることを許してくれた。





(左目・・・)





だけど、その代償は大きかった。
俺が・・・光輝兄の左目の光を奪った。
光輝兄は気にしなくてもいいと言ってくれる。
それが本心だとは知っている。
実際に彼自身気にしていない。
俺がその事に負い目を感じれば光輝兄が悲しむことも知っている。
でも、俺はその罪を一生心に刻み付けていく・・・





自分を追い詰めるためじゃない、光輝兄の左目になるために・・・。





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さて、話は戻るけど、花火大会だけあって、若い人も多い。
光輝兄も行く先々でナンパされている。面倒くさいから何度目かは一々覚えていないけど、二人の女に声をかけられた。それなりに美人の範疇に入ると思う。

「すいませ〜ん。独りですかぁ?」

「いえ、連れがいるので」

そういうお誘いだと察知したのか、やんわりと、角がたたないよう断る。でも、彼女らは引き下がらなかった。

「連れってその子?彼も一緒でいいから・・・ね、お願い?」

どうしても光輝兄を逃がしたくなかったらしい。その執念には感心せざるを得ない。俺には真似できない。

「いや、本当に申し訳ない。また会う機会があれば・・・」

笑顔を振りまき、適当に切り上げて、そそくさと逃げ去る。
はっきり断って彼女らのプライドをつぶさないようにしたのは光輝兄の優しさだけど、俺としてはしっかりと断ってほしかった・・・。





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瞬が何を言いたいかは解っている。彼は俺が茶を濁さないで断ることを望んでいたのだ。
勿論、俺だって即答でお断りだ。また会う機会があってもデートするつもりなんか、微塵もない。
でも、出来るはずが無かった。もしそんなことをすれば、声をかけた側のプライドはずたずたになる。
おとなしく引き下がってくれれば何も問題はないが、怒りの矛先が瞬に向かう場合もありうる。まだ彼はそういうことを分かっていない・・・。





でも・・・俺のそんな優柔不断さが瞬を傷つけたのも本当なんだよな。





「その・・・ごめん・・・」

おずおずと謝ってきた。

「光輝兄はちゃんと考えて断ってるって・・・解ってるんだけどさ」

俺は必死で納得しようとしている彼の口に人差し指を当てた。

「いや、悪いのは俺だ。それより、こんなところで突っ立ってないで、早く行こう」





手を差し出すと、本当に嬉しそうに握り返してくれた・・・。俺は彼の指の温もりをずっと忘れないだろう。



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