Twentieth



俺たちは時間が経って、すっかり人のいなくなって寂しくなった土手を歩いていた。
涼しい風が心地よく、それは秋の到来を予告しているようだ。
花火を見なくとも、秋は肌で感じられる、それを教えてくれる。
夏から秋に変わるという今頃が、俺は好きだ。少し寂しいが、嫌なものではない。むしろ、それが心地よい。




「すっかり冷えてきたな・・・」



八月も終わり、九月がやってくる。
まだ夏だと思っていたけれど、そこかしこで聞こえる虫の声。
ついこの前までは夏を象徴する蝉が支配していたけれど、それに変わって鈴を鳴らしたような音が聞こえるようになる。
不思議な事に、彼らの合奏が一層静寂を引き立たせる。本当にここが周りと切り離されているように感じる。音があるけれど静か、そんな矛盾して、矛盾しない世界に俺たちはいる。




「もう・・・秋なんだな・・・」



真夏よりも空気が澄んでいるのだろう。それとも、俺の気持ちによるものなのだろうか。
不思議と月も綺麗に見えるので、花瓶に桔梗でも活けておけば風情もあると思ったけれど、この時期はもう咲いていないだろう。とはいえ、需要もまだあるはずだから、もし花屋で売っていたら買ってこよう、密かにそう思う。




「月をめでるのも・・・悪くはない・・・か」



瞬は答えない。どうしたのかと思い、隣を見やったが、うつむいたままだった。



「・・・どうした?」



瞬の態度が不自然だ。遠くを見つめていて、俺の言葉が耳に入っていない様子。
俺が・・・原因なんだろうか。俺は本当は瞬が何を意図して『欲しい』と言っていたのかに気づいていた。
そして、心の準備が出来ていないことも。
俺が瞬の気持ちを無視して致そうとしたから、彼は俺に対して腹を立てているのだろうか。

俺が原因なら、そう言ってほしい。言ってくれないと、解らないし、解れない。



「あのー・・・」



「うるさい!」



物凄い剣幕で怒る。

「人がせっかく幸せに浸ってるのに・・・」

「怒ってるんじゃ・・・ないのか・・・?」





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俺が沈黙しているのを、光輝兄は人の気持ちを考えずに手を出そうとしたことにあると思っているようだけど、理由は全く違う。

確かにそれにはびっくりしたけれど・・・それこそこれは現実か?と思ったけど、それ以上に嬉しかった。
そんな幸せを俺は噛み締めていたのだ。とはいえ・・・




「何か夢みたい・・・」



「夢・・・?」



本当はそんな幸せがちょっと恐くもある。現実として認識できないのだ。
あまりにもありえないことが続いていたから、素直に信じられない部分がある。
これが夢の話だったら恐い。もし夢だったら、そのまま醒めないでほしいとも思ってしまう。
本音を言うと、光輝兄の腕に抱かれて、醒めない夢を見ていたい。






「痛!」





きゅっと俺のほっぺをつねってきた。こんなことが前にもあったことを思い出す。



光輝兄は『付き合ってほしい』と言ったことがあった。
その時は信じるのが恐かったから冗談だと決め付けたけど、後でそれが本気だったことを知った。
彼は彼なりに悩んで出した結論だったんだけど、その時はそのときで嬉しくて信じられず、


『本当に本当なんだね?夢なんかじゃないよね?実はこれは夢のお話です、なんて言わないよね?』

と聞いたことがあった。そのときに夢でないことを示すためにつねられた。

「瞬、物忘れが激しくなって、お兄さまは哀しいぞ?残念ながら、夢ではないらしい」



『残念ながら、夢ではない』、その質問の答えだ。
でも、前と違うのは、つねる力が相当強かったところ。
そして・・・あの時は本当に悔しそうだったのに対し、今の彼の瞳は優しさであふれているということだ。



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