Fifth〜ワスレナグサヲ貴方ニ〜



(勿忘草?)

『この気持ちがあなたの負担になるのなら、俺が言ったこと、忘れてください。
俺も、この花が枯れた頃にはきれいに忘れるから・・・だから、せめて俺のこと、弟として見て下さい・・・。俺のこと、嫌いにならないでください』




一言一言を搾り出すかのように、彼はこう言った。
その瞳には、一点の曇りもなかった。
純粋な彼の願いだった。



しかし、俺の中にある疑問が生じた。






忘草の意味は、『私を忘れて』じゃない。『私を忘れないで』、だ。





それなら、どちらが彼の本心なのだろう?
それは考えるまでもなかった。どちらも本心なのだ。
確かに今は、彼の気持ちは言葉どおりのものだ。
もし、彼が嘘をついているのなら、俺の心がここまで締め付けられるはずがない。



しかし、それは俺に『弟として』見てもらうためなのだ。
俺に側にいてほしいがために、
俺に嫌われるほうが辛かったから、
自分の気持ちを封じ込めることを選んだんだろう。
その結論を出すために、彼はどれだけ悩んだんだろう。
どれだけ苦しんだんだろう?


俺に見せなかっただけで、ひょっとしたら泣いていたのかもしれない。


俺を殺したいほど恨んだことだろう。





(嫌いになれるはず、ないだろう?)





彼を拒絶したものの、結局嫌いになることは出来なかったのは、やはり瞬が弟だからだ。
十数年も俺の後をついてきたような子を突き放せるほど、俺も器用な男じゃないんだ。
そして、残念ながら彼の気持ちに応えてやれるほど、器用でもない。

俺だって頭から否定したわけではない。

彼の欲しがる気持ちで想えるか・・・考えたこともある。
だけどすぐに彼を恋すべき存在として見ることは、出来なかった・・・。
やっぱり瞬は可愛い弟だった・・・。

本当に始末が悪いと思う。俺も、そして瞬も、面と向かって罵るようなことは出来なかった。
ひたすら避けあったのだ。しかも、それでもお互い意識しているところが哂えてくる。
視界から外しても、気がつけば視界に戻っている。それに気づいて慌てて避け、どんどん露骨なものとなり、気まずさは増していく一方だった。
俺が避けないでまっすぐに受け止めて、真剣に答えを返していれば、ここまでひどくはならなかったのかもしれない。
それなのに彼は、一言も俺が悪いといわなかった・・・全て自分のせいにしたのが痛々しかった・・・。



だからあの時のデートだって、相当な覚悟を持っていたはず。
日が変わるまでデートして、それで一から兄弟としてやり直すなり、きっぱりと吹っ切るなりしたかったのだろう。それなのにこんな事故だ。時間はあの日のままで止まってしまったんだ・・・。





瞬を・・・失うのか?そんな恐怖が俺を支配した。
勿論、瞬が告白した時点でその可能性が充分存在することには気づいていた。
俺としては兄弟としてやり直したかったけれど、彼を振ったんだから、『彼』が俺の元から去ることは覚悟していた。俺が瞬だったらそうすることを選ぶだろう。
ただ、それは永遠の別れではない。今すぐは無理だろうけれど、一年後でも、十年後でも、時が俺たちを癒す・・・そんな甘いことを考えていた。


しかし、今は違う。
永遠に失ってしまうのだ。
仲直りもしていないのに、そんなの、俺に耐えられるだろうか?
勝手に告白して、
勝手に俺をかき回しておいて、
どうして勝手に去っていくんだ!



それが身勝手な言い分だとわかっている。



でも、まだデートは終わっていないじゃないか。

俺は知っている。




お前は俺にキスして欲しかったんだろ?
だったら、もう少し俺を振り向かせるよう努力したらどうなんだ!
俺はお前の気持ちに応えるべきかどうか本気で考えたんだぞ?
だから、目を覚ましてくれよ!
俺が憎たらしいのなら、今すぐ目を覚ましてそう言ってくれよ!
そうでないのなら、そう言ってくれ!




左目なんかどうでもよかった。もし、今ここで瞬が目を覚ますのなら、右目・・・いや、





命、魂すら悪魔にくれてやってもよかった。





どうして・・・どうして瞬ばかりこんな思いをしなければいけないんだよ!
俺は思いっきり瞬を抱きしめていた・・・。
一瞬絶望が俺を支配しかけたけれど、望みは消えたわけではなかった。
まだ温かい・・・どうやら意識を失っただけようだ。
しかし、油断は出来ない。万が一という・・・いや、そう思うのはやめておこう。





もし、お前がまた目を覚ますなら・・・俺が・・・俺がお前を守ってやる!



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