Sixth〜空ッポデ、溢レテテ〜



住んでいる部屋がこんなに広いとは思わなかった。
確かに、今の部屋は独りで住むには少し広いのかもしれないけれど、
俺が感じているのは、そんな物理的な問題ではない。それを認めざるを得なかった。






瞬が・・・いない。





俺が家を出たのは、家族の干渉を避けるためだった。
瞬と住む事にしたのは、案外一人っきりが寂しいこともあったが、半分は気まぐれだった。
実家とは疎遠ではないから、いなくても大して問題はないだろうと思っていた・・・。



それがこんなに寂しいものだとは思わなかった。
いるはずないと解っているのに、常に彼を探そうとしてしまう。
そして、至るところで見つける、彼の残り香。
彼が一緒に住むと決まったときに買い揃えたマグカップ、歯ブラシ。
自宅から持ってきたのがあるはずなのに、それでも『一緒に住むんだから、その記念に』と駄々をこねたあの日が懐かしい。その時は俺も、そして恐らく瞬も、こんな日が来るとは思わなかっただろう。

それに一抹の寂しさを覚え、歩いていると、気がつけば瞬の部屋に立っていた。
ちょっと汚いが、いつもはちゃんと整っている。
何か辛いことや、思いつめたことがあったとき、彼の部屋は汚くなる。部屋の片づけまで、手が回らないのだ。
その原因は、俺に他ならない。俺が、瞬の気持ちに応えてやらなかったからだ。
それでも、最近までは俺にしか分からない程度には整っていた。俺に悟られぬよう、片づけていたのだから、ほんの少しは気持ちに余裕があったのだろう。しかしそれは、ある日一気に均衡が崩れた。

それはデートの前日だ。俺と瞬はデートする事になっていた。
寂しい男同士が冗談半分に使う『デート』ではない。そういう意味の『デート』だった・・・。





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俺はその一日だけ、瞬の恋人になる事にした。『デート』をすればいいのであって、俺にはそこまでする義理はなかったはずだけれど、自然にその言葉が出ていた。

勿論、言ったあと撤回しようかと思った。

でも、出来なかった。

そうした後、彼がどんな反応をするか、痛いほど簡単に想像がついたから。

笑って許すのだ。

彼のことだから、その際ちょっと茶化すだろう。
彼にも、そんなシナリオがあったのかもしれない。即座に聞いてきた。





『恋人って・・・光輝兄、何を言ってるのか解る?ホモなんだよ?』

ここで『冗談だ』、もしくは『取り消す』というのが瞬にとって望ましいシナリオなのだ。
そうすれば彼も『冗談』で済ますことが出来る・・・いや、『冗談』にするつもりなのだ。
デートを願ったのはいいものの、そんなことを言って、後悔したのだろう。
だが、言った手前、自分から取り下げることが出来なかった。

『別にいいじゃないか。デートするんなら、そのほうがムードがあるだろ?』

俺も、自分の言葉を取り消すことが出来なかった。そのつもりもなかった。
同情したから?それは自分にもわからなかった。ただ、漠然とだが、今デートを取り消してはいけないような気もした。

『そんなに簡単に言っちゃうかな』

『俺だって考えたつもりだが・・・』

『だけどっ!俺だってお情けでなられたって嬉しくないんだよっ!
惨めだし、情けないよ。
俺ってそんなにかわいそう?
男を好きになったのが、そんなに・・・哀れだった?
そうか。いいよ、あのお願い、取り下げる。



俺、嫌いな人とデートするほど、堕ちてないし・・・プライドだってあるから。



ごめん、俺、嘘ついてた。光輝兄のこと、本当は嫌いなんだ。
自分は干渉が嫌で出ていったくせに、いきなり俺に一緒に住めなんて身勝手なこと言うし。
本当は断るつもりだったんだけど、あんたを一人にしているとだらけるとか言って父さんも母さんも俺に拒否権をくれなかった。俺がどんなに嫌だったか・・・分からないよな。



だから、俺が好きだと言ったら優しいあなたは傷つくと思ってね。
楽しかったよ?普通冗談だと思うはずなのに、光輝兄、真剣に悩んでるんだもん。
ほんと、見てておかしかった・・・男同士なんてあるわけないのに。ホモだよ?

そんなの気持ち悪いじゃん。

ひょっとして光輝兄、本当に俺の恋人になろうと思ったの?
馬鹿みたい。そんな馬鹿な奴・・・何処にだっていない』



狂ったように笑い転げる瞬に切れかけた俺は、本気で殴ろうかと思った。
しかし、辛うじてそれは行われずに済んだ。
ここで殴ることは、瞬の望みなのだ。
わざと俺を挑発して、俺に嫌われようとしている。





そして・・・俺を嫌いになろうとしている。





俺はそんな彼の気持ちどおりにするべきか迷った。
俺がそれに気づいてなければためらいなくやっただろうけれど、彼の本気を知ってしまった以上、どうしても出来なかった。
殴った俺よりも、殴られる、それを選ばざるを得なかった瞬のほうが身も心も痛いはずだから。
しかし、それはそれで『同情か』といわれることも確かだった。仕方ないので、俺は軽く一発はたいた。



『お前は役者に向いてないな。そんな泣きそうな顔で言っても、説得力ないぞ?』



『・・・光輝兄には解らない。当たり前のように女の子を好きになる人になんか、男を好きになった俺が・・・どれだけ・・・どれだけ・・・』



苦しい想いをしているのか。そうだな、俺はお前じゃないから、お前の苦しみは解ってやれないのかもしれない。でもな、『解るよ』と言えない俺のほうも、辛いんだよ、それがお前より、どれだけ小さいものだとしても。だけど、そんなことは言えるはずがなかった。

『悪かったな。お前の気持ち、考えてやらなかった。恋人の話は、聞かなかったことにしてくれ』

『俺こそひどいこと言って・・・ごめんなさい。その・・・一日だけでいいから・・・一回だけでいいから・・・俺の恋人になってくれますか?





やっと本音を言った彼に、俺は優しく頭をなでてやった・・・。



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