Seventh〜去ルモノ・残サレルモノ〜
そのデートで残ったのが、事故という事実と、不細工なぬいぐるみだった。
後部座席に乗っていたので、奇跡的に傷は浅かった。
俺がゲーセンでとってやり、瞬がもらうはずだったけど、白亜の城で眠っている主を待って、今は俺の部屋に鎮座している。
彼は俺の代わりに抱きしめると言っていたが、今は俺がこいつを瞬の代わりだと思って抱きしめるのが習慣となってしまった・・・。
あれからそれなりに日が経っているはずなのに、瞬は目を覚まさなかった。
外傷は俺よりも少なかったけれど、俺のほうが退院は早かった。
俺は致命的なのは左目だけだったのに対し、瞬は外傷が少なかった代わりに、脳にダメージが来ていたらしい。目が覚めないようなことはないけれど、いつ覚めるかは彼次第だから、覚悟するように言われた。
きっかけはデートだったけど、本当は俺の・・・せいなんだろうな。俺が彼の気持ちに応えなかったから、瞬は事故に巻き込まれたんだろうな・・・。
相変わらず目の覚めない瞬を見つめる。
すやすやと寝息を立てている。
やっと危機は脱したようだが、その状態で数日も寝ている。
腕から伸びている細長い物質が痛々しいけれど、不思議と寝顔は安らかだった。
どんな夢を見ているんだか。とても幸せなんだろうな・・・俺がいないから。
俺がいない世界なら、苦しむこともないだろう。
物騒な考えだとは思うけれど、目が覚めないほうがいいのかもしれないな・・・。
ゆっくりと髪を梳く仕草をしてやる。癖のないストレートな髪は触り心地はいいのだが、包帯をしているため、今は触れない。
失いそうになってから大切だった事に気づく・・・こうはなりたくなかった。
こんな状況になって気づくのなら、もっと大事にしてやればよかった。
彼の気持ちを断るにしても、もっとふさわしい方法があったはずだ。
俺の罪を見せつけられているようで、彼を正視することが出来なくなった・・・。
『ん・・・』
それでも、寝息とは違った声が聞こえたような気がしたので、慌てて瞬を見ると、わずかにまぶたが動き、ゆっくりと黒い瞳が姿をあらわす。
やっと目を覚ました!
その喜びに比べれば、男同士なんて、それこそ些細な問題にしかならない、本気でそう思った。
もし瞬が許してくれるのなら、頭下げてでも謝って、あの日のデートをやり直したかった・・・
何か気の利くことを言ってやりたかった。
ぎゅっと抱きしめてやりたかった。
しかし現実はそう甘くなかった。
目を覚まし、きょろきょろと見回してから、俺を見て首を傾げた。
最初は現状を理解しようとしているだけかと思っていたけれど、俺を見て何かを思い出そうとしている仕草で、まさかと思った。そして、すぐにそれがただの疑念ではないことを知ったのだった。
『そうか・・・俺が解らないか・・・』
『あなたは・・・誰・・・?』
質問が答えになるとは、本当に皮肉な話だと思う。
彼は、記憶を失ったのだ。それもまた皮肉としか言えなかった。
(勿忘草・・・)
綺麗に忘れると言ったとおり、彼は何もかも忘れてしまった。
一人縛られている俺を置いて、『瞬』は遠くに行ってしまった。
瞬は本当にずるい。自分から告白していて、責任を持たずに忘れ去ってしまった。
それなのに、忘れてくれと言われた俺のほうは、いまだ忘れることが出来ない・・・こんなことがあっていいのだろうか。
あれから俺は勿忘草の水やりだけは忘れていない。
どんなに忙しくても、帰ったときはやるようにしている。
枯らせたくなかったのだ。
これは瞬の気持ちそのものだったから、もしこれが枯れれば、瞬は二度と帰ってこない・・・そんな気がした。
でも・・・やはり、忘れていたほうが幸せなのかもしれない。
事故のこともそうだけど、それ以上に、俺のことを忘れていれば、瞬は幸せに過ごせるだろう。
俺?勿論辛いさ。大切な弟は俺を映さなくなったんだ。
彼は俺のことを赤の他人にしか思っていない。胸にちくりと痛みが走る。瞬も・・・こんな気持ちだったのかな。
でも、もう彼には辛い想いはしてほしくない。
たとえそれが嘘の上に成り立った幸せであったとしても、瞬には笑っていてほしい。
辛い過去は、俺だけが覚えておけばいい。心に刻みつけ、
もし許されるのなら・・・瞬と一からやり直すのだ・・・。
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