「・・・というわけで、彼が転入してきた。よろしくしてやってくれ」


担任の後についてきた少年を見て、俺は凍りつく。こんなことがあっていいのか・・・本気で叫びたかった。


「佐内弥生です。本当は進級と同時に来る予定でしたが、ちょっと理由があって遅れてしまいました。
もともとこちらが地元だったけれど、この学校のことはまだ分からないことばかりなので、仲良くしてください」


弥生は何処の学校に入ったのだろうか・・・春休みは他人事のように考えていたのだけれども、この事実に俺は冗談抜きで血を吐くかと思った。
俺の知ってる学校とはあったけど、まさか俺が行ってるとこ、しかも同じクラスになるとは思わなかった。
同じクラスになることは当日にならないと分からないから仕方ないけれど、せめてここに来ることくらい教えてくれたって。
あれから何度か手紙のやり取りはあったけれど、弥生はそのことは一度も記していなかった。
まぁ、教えられたところで俺にはどうすることは出来ないけれど、少しくらい覚悟を決めることが出来る。
それだけでも困ったのに、俺を虜にしたあの笑顔まで見せてくれちゃって、俺は撃沈する。数年前まではそれが好きだったけど、今は毒を飲まされている気がしてくる。



地獄だ・・・。



神様仏様キリスト様、もし居るなら遠慮は要らないから、いっそのこと俺を地獄に送ってください!本当にお願いします。
あぁ・・・それともこれが俺に対する・・・。


「あ、席は河合・・・一目で見てわかると思うが、あの愛想のなさそうな男の隣だ。河合、そんなよしみでよろしくしてやってくれ。
一応言っておくが、くれぐれも、睨み殺さないように」


クラス内、爆笑。誰が呪い殺すかっての。いや、呪うんじゃなくて、睨むのか。
まぁ、どちらでもいい。俺はただ目つきが悪いだけだ。そんな素行不良はしない。
それ以前に、俺はこいつにどう接すればいいんだ。それが解らないから、さらに目つきが悪くなりそうで困る。
だけど、弥生は俺の苦悩など知らずに、にっこりと微笑みかける。まさに転入生お決まりのパターンだ。




「よろしくね、河合くん」



「・・・よろしく」

早速担任に『もっと愛想よくしろ』ダメ出しが出る。だけど、複雑な感情を抱えた俺にはどうしようもないことだ。
クラスにとっては天国、俺にとっては地獄でしかない生活が始まった・・・。






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転入してきた手前俺に話しかけてきたものの、それ以降は俺を避けるだろうと思った弥生の奴は、何もなかったかのように接してきた。
何処をどう見ても『隣の生徒を頼りにする転校生』だ。そんな彼に戸惑ってしまうが、俺も普通に返す。
下手に避けようものなら、クラスの連中に疑われる・・・それが困ったことは確かなのだが、不思議と弥生を避けようとは思わなかった。


「ここって寮もあるの?」

屋上で独り昼を取ろうとすると、勝手に弥生がついてくる。邪険にするわけにもいかず、そばに置いていると、向こうも結構話しかけてくる。
クラスメートからその話を仕入れたらしく、その話題になった。

「あぁ、ここ、かなりの進学校らしくて、全国から集まるんだ。だからそういうやつらのために寮があるの。
まぁ、俺はもともと遠い距離じゃないし、遠かったとしてもそんな面倒なところには入らないけどな」


クラスメートの話から想像するしかないが、寮とはかなり厄介な場所らしい。
かなりプライベートも制限されるようだし、同室の人間がいるところがかなり痛い。
俺には共同生活は難しい。


「わざわざ来たってことは・・・お前もどこか進みたいとこがあるのか?」

弥生はここの寮のことは知らないらしい。今は両親とは一緒ということだ。そういえば仕事の都合と言ってたな。
でも、他にもいい高校は山とある。いや、弥生の家庭事情はこの際どうでもいいことだろう。も
ともとこちらが地元だったのだから、戻ってきたっておかしくはない。だけど、何で俺がいる高校なのだろうか・・・。




「ううん。ここ、『桜花高校』という名前どおり、桜がきれいだと聞いたからね。ずっと見てみたいと思ってたんだ」







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