その7

柄にもなく語ってしまったな・・・臼井が出ていってから、黒沢は独り苦笑した。
自分でも信じられないくらい、熱く語ってしまったと思っている。
周防とのつらい別れがあってから熱くなれなかった・・・というのもあったが、それは最初のうちだけでいつの間にか形だけのものとなっていたことは自覚している。
熱すぎる教師は生徒に嫌われる、そのくらいは解っている。だから自然と押さえつけ、しかも、もともとの『常識人』という性格もあり常に最良の方法を選んでいた。
それに・・・今のような話をしても『あっ、そう』で終わってしまうもので、心の中に残るわけではないことが多い。今まで何人かに話したことはあるが、皆同じ反応だった。


しかし、臼井少年は違った。当初黒沢は、注意だけで返すつもりだった。
普段はしっかりと授業を受けていることくらい、知っている。
教室の四隅は極めて目立つのだ。本人の望みに関らず、目に入る。
余所見をしたのは、たまたま黒沢と後輩を目撃してしまったからだろうことを、後から知った。

しかし、それを知らなくても何故か黒沢は気になってしまい、教師の権限を用いた。
普通は余所見ごときでわざわざ生徒を呼び出すはずがない。
そんなことをしたら、何人を呼び出さなければいけないのだろうか・・・話を聞く生徒が多い黒沢の授業は例外で、たいていの授業にそういう生徒は存在するだろう。
高校時代を送ってきた黒沢もそれはよくわかっている。放っておけば、おのずと自分の結果に反映されることになる。よって、悪質でない限り、注意するだけに留めておくものである。


臼井はそれなりに整ってはいるが、目立とうとするタイプではない。
日常生活やLHRを見ている限りでは引っ込み思案ではなさそうだが、どちらかというと、平凡な生活を願う、そんなイメージだった。
それが余所見なんかしているから、どうしても目立ってしまう。
だから理由を知りたかった、ただそれだけのはずだった。理由を知ったのなら、余所見を注意して返しても、なんら問題はなかったのだ。


しかし、気づけば自分の世界史に対する気持ちを話していた。
軽く流せばよかったけれども、いつの間にか本気で話している自分がいた。
一方的に話しているという自覚はあったけれども、自分で止めることができなかった。
そんな黒沢を鬱陶しがるかと思ったけれども、臼井はそれを見せなかった。
それどころか、目を輝かせて聞いていた。あまり感情を表に出すようには見えなかったので、驚きだった。
だからこそ、自分の思っていることを全て伝えたかった。こんなことを思ったのは何年ぶりだろう?




(あぁ、そうか。きれいなんだ)



ふと臼井に目が行ってしまう理由に気づき、やっと納得した。見かけではない、臼井はもっと深いところがきれいなのだ。
そして、それを持ち合わせない黒沢が気になってしまったのは、当然の話なのだ。




(そういえば・・・)



かつて太陽のように自分を照らしてくれた・・・臼井の従兄であるという男を思い出した。あの二人が知り合いとは、世界とは実に狭いものだ、またもや苦笑する。
静と動、印象は違うのだが、それでも深いところが似ているような気がしてならない。
かつて好きだった男の従弟がこうして自分が教える事になるのは、皮肉と言えばいいのか、運命であるといえばいいのか。
少なくとも黒沢は、それが運命であることを望んでいた。






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授業中余所見をするのが多くなったのは、臼井ではなく黒沢のほうだった。機会さえあればチラッと見てしまいそうになる。
その手のことには鈍感そうな臼井のおかげで気づかれてはいないが、危険な兆候であることには変わりない。




(普通の・・・子なんだけどな)



決して問題があるわけではない。黒沢に呼び出されてからは、よそ見せずにしっかり授業を受けていることくらい知っている。
だからもう気にする理由はないはずなのだが・・・気にしてしまうのは彼がかつて恋人だった男の従弟だからなのだろうか。


(全く・・・似てないのに・・・)

従兄弟同士とは言え、周防も臼井も似てはいない。このくらいの縁なら似ないのが普通かもしれないが、それにしても性格が正反対に近い。
周防はよく話すタイプだ。どこにネタがあるのだろうかというくらい、よく話す。そして、人見知りをしない。誰にでもよく懐く。
それに対し臼井はあまり話さない。友達がいないわけでも内気なわけでもないようだが・・・人との距離のとり方が苦手なように見える。


(それでも・・・)

彼と一緒にいても決して不快ではないのは、心がきれいだからなのだろうか・・・すでに出たはずの結論に至る。

(こればかりは・・・どうしようもないか)

結論付けたところで、特別に思う理由にはならない。意識しすぎている自分がそこにいて、心の中で苦笑した。




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