その9

結婚式は、ホテルにあるような、本にも出てきそうな立派なものではなく、街にある普通の教会・・・だけどそれなりに暖かい空気が漂っていて、結婚式が似合いそうな教会だった。
お世話になった人へのお礼ということで身内だけのささやかな式を行い、披露宴は行わないとのこと。
大好きな従兄には悪いと思うが、披露宴までされても疲れてしまうだけなので、そういう騒がしさが苦手な臼井には都合がよかった。


「や、おはよう」

後ろから声をかけてきたので、振り返ると黒沢だった。

「おはようございます」

スーツ姿だった。いつもより決めていたようで、いつもは軽く額にかかっている髪も、後ろに上げていた。

「どうした・・・?似合わないか?」

「いえ、似合ってます」

相当時間をかけてセットしたのだろう。不安そうに聞いてくるので、慌てて答えた。
ただ、似合ってはいるものの、いつもの黒沢先生のほうがいいな、そう思ったけれど。それを口に出したところで黒沢が困ることは目に見えているので、やめておいた。
大切な後輩のために決めてきたのだ、それを言っては失礼だろう。


「安心したよ。結婚式で恥ずかしいところなんか見せたくないからな」

「先生はあまり行かないんですか?」

自分よりも10歳以上年上の男なのだから、冠婚葬祭の場はそれなりにこなしていると思うのだが、それでも不安になったりするのだろうか。

「当然だ。じゃないと俺はただの行き遅れだからな・・・」

軽く冗談を言う黒沢。そんな彼を見て臼井は小さく吹き出した。





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隣どうしでおしゃべりをしていてそれなりに和やかな空気も、式が始まると、一気に引き締まる。
荘厳かつ神聖な空気が流れていて、『結婚は紙一枚』と、身も蓋もないことを思っていた臼井も、思いを改めた。
それだけ愛し合っているから、空気もそうなるのだ。ドラマでは絶対ここまでの空気にはならない。




(きっとちーちゃんも幸せなんだろうな)



臼井が初めて出た結婚式だということもあり、それが小さいころから遊んでもらっている従兄だということもあり、何故かむずがゆいものがあった。
祝ってあげたい気分と、従兄を取られた寂しさ・・・それがごちゃ混ぜになっている。


ふと隣の黒沢を見た。結婚式を見送る先輩はどういった心境なのだろうか?
それはただの好奇心だった。だが、様子が変だった。小声で『先生?』と聞いても、耳に入っていなかったようだ。
愛しいものを見るような瞳で、一心に何かを見ていた。視線を追ってみると、行き着いた先は新婦ではなく、新郎だった・・・。


(先生って後輩思いなんだな・・・)

わざわざ昔の先輩のところに結婚の通知をし、それを受け取ったのだ。それだけ仲がよかったんだ・・・そう思っていた。
だが、一瞬だけ瞳に寂しさが浮かぶのがわかり、視線の意味が違うことを察する。




(え?どういうこと?)



もしかして・・・最初は勘違いかと思った。同じ方向にいるから、新婦さんを見ているのと勘違いをしてしまったのだと。しかし、紛れもなく彼は周防のほうを優しげに見つめていて・・・ふと思い出した。





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『先輩・・・今どうしているかな』

ふと思い出したように、周防が呟いた。

『先輩・・・?』

『俺の大切な人だよ』

『俺よりも?』

『まぁね。高校の頃、付き合っていて、本当に、俺には似合わないくらいいい人だった』

苦笑いしながら周防はそれを認める。だが、その笑みには寂しさも一握り混ざっている。

『今その人は?』

『分からない。もうずっと会っていないんだよ』

『行方不明なの?』

『いや、一回だけはがきが来たから大体の居場所はわかってるけど・・・俺には会う資格がないんだよ』

『資格・・・?』

『あんなに優しくしてくれたのに、俺はあの人を傷つけてしまったんだよ』

少年は迷った。ここから先聞いていいのかどうか。目の前で苦しそうにしている従兄に聞けるほど、彼は無神経ではなかった。

『最初は幸せだった。でも・・・時間が経つたびに苦しくなった。
俺を欲してくれて嬉しかったけれど、付き合っていくうちに、いろいろなことを考えるようになって、こんなことをしていいのか・・・そう思うようになった。
段々一緒にいるのが辛くなった。だから俺は・・・別れを告げたんだ。

もちろん、先輩は反対した。『別れないでくれ』って言った。でも、俺、こう言っちゃったんだよね。『気持ち悪いから嫌なんだ!』』

『気持ち・・・悪い?』

『まさか。あの時は口からでまかせ。でも・・・別れたかったのは本当』

『その人、嫌いだったの?』

『まさか。嫌いになれるはず・・・ないよ。孝くんにはわからないか。好きだからこそ、一緒にいたくなかった・・・そんな気持ちが、憎しみに変わっちゃったのかもしれない』

何となく分かった。決して彼はその先輩が嫌いなのではない。理由は分からないけれど、好きで好きで仕方がなかったのだ。『憎しみ』とは言っているけれど、強引にそう思い込もうとしているような気がした。

『でも、先輩は俺のこと、嫌いなのかもしれない。手ひどく振ったんだ、当然だよね。一度謝らないといけない・・・解っているけど、怖いんだよね。あの人から「嫌い」と言われるのが。すごく馬鹿な話だろう?』





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一度だけその話を聞いたことがあった。同じことは聞けなかった。相当前の話だったので、記憶の片隅に放置されてしまったけれど・・・周防は一度も恋人を女だとは言わなかった。
周防がそこまで想っていた人は当たり前のように女だと思っていたが―普通自分の近くの存在が同性を好きになるとは思わない―そうではなかった。
それで欠けたパズルが埋まった。この慎ましやかな結婚式に、黒沢がいること、そして、あの夜二人が一緒にいたこと、そしてあの時黒沢が固まったその本当の意味を・・・。




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