その10

(でも・・・それって・・・)

黒沢には辛すぎるのではないか。本当のところはどう思っているかはわからない。だが、これだけ優しげな瞳をしているのだ。決して周防のことを嫌っているわけではない。
結婚式に出たのも、好きだからこそ、というやつなのだろう。しかし・・・それでも、臼井には理解が出来なかった・・・が、ここでまた一つよみがえった。






『結婚?おめでとう』

『ありがとう。披露宴はしないから、式くらい出てくれるよね』

『えっと・・・出なきゃだめ?俺、そういうのちょっと苦手で。父さんと母さんが出るって話じゃなかったっけ』

『大切な従兄様が出るんだよ?』

『でも・・・』

『そんなこというと・・・押し倒すからね』

軽くじゃれ付いてくる周防を苦笑いしながら受け止める。スキンシップが多目の従兄らしいといえばらしかった。

『うん・・・仕方ないなぁ。でも、ちーちゃん、人のものになるんだね』

結婚してしまえば、こんなこともしなくなる。少年にとって、自分の兄のような存在が結婚するのは、ちょっと寂しかった。

『大丈夫。孝くんにも、いい人が出来るよ』

『誰が出るの?』

『誰って・・・話をかわしたね。身内と、本当に親しい友達だけだから小さいよ。本当はしなくてもよかったんだけど、来てほしい人がいるんだ・・・』

来てほしい?それで思い出すのは、昔付き合っていたらしい『先輩』のことだった。

『でも・・・来てくれるの?』

少年は疑問だった。いくら周防より若くて、人生経験が浅くても、付き合って『いた』人が式に出るとは思えなかった。
さらに、周防とて、それを知っているはずだ。見せつけるために式に出させるようなことはしないだろう。


『殴られても、頭下げることになってでも・・・来てほしいんだよ。孝くんが思っているとおり、何度も無神経だと思った。
このことを知らせようかどうか、ずっと迷ってた。だけど・・・先輩の知らないところで結婚したくなかったんだ。いや・・・なんでもない』


途中口ごもるが、何となく少年にも気づいた。そうは言っているけれど、いろいろと理由をつけてはいるけれど、本当は先輩後輩として、やり直したい・・・ただそれだけなのだろう。
恐らく、臼井の知らないところで止まってしまった周防、そして、おそらく周防にとって今も大切な『先輩』の刻を動かすために・・・。






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「ちーちゃん、好きだった先輩がいたそうです」

ふと、臼井の口から出た。言ってどうなるのだろう?それに何か意義があるのかわからなかった。そんな彼に『そうか』・・・黒沢は沈黙した。

「前に聞いた話だから詳しいことは知らないですけど、ちーちゃんがその人を大好きだったことくらい、わかります。
その人を傷つけてしまったこと、ずっと後悔していたそうです。いや・・・今でもあの人は心の中で『先輩は自分を嫌いだ』と思って、どこかで苦しんでいるかもしれません。
でも・・・どうしてもその人には出てほしかったそうです。自分の晴れ姿を見てほしい・・・そんなんじゃない。ただ、ただの後輩でいいから再び・・・」




「臼井、俺はその『先輩』のことはよく知っているんだけど・・・結末は辛いものだったらしい。
だけど、一緒にいた間は幸せだったそうだ。どんなに悲しい過去だとしても、その想い出は否定することが出来ないんだ。
嫌いになろうとしても・・・簡単に嫌えるはずがないさ。
嫌いになれたらもう少し楽になれたんだろうけど、こればかりは人の気持ちだからな、かんたんに割り切れるものじゃない。
言い換えると、割り切れないからこそ、好きになってしまった・・・という感じだな。時間がたった今なら自信を持って言えるかな。

で、こう言っていたことがある。『無理して付き合ってもらって、悪かった。もう俺に気を使うことはないから、幸せになれ』とな。
あ、そうだ、こうも言っていたな。




『もし許されるのなら・・・仲直りさせてくれないか』






「分かりました。ちーちゃんにはそう伝えておきます」



そんな臼井には笑顔だけ返して沈黙する黒沢。穏やかそうで、言ってよかったと思える。
優しい人だ。そう思った。しかも、ただ優しいだけではない、強い人だ。
もし自分だったら、こうやって式に出るだろうか?逃げ出したかもしれない。
真正面から受け止める黒沢をすごく思い、そして、そこまで想われる周防を、羨ましく思った。




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