その11
臼井の前では相当強がっていたものの、前日までは相当不安だった。
ずいぶんと前に吹っ切ったとは言え、笑顔でいられるだろうか?
だが、実際に出てみると、新郎も、新婦も、幸せそうでよい。黒沢は心の底からそう思う。
カソリックの形式ではあるが、神父さんも粋な人で、形だけの誓いはさせなかった。新郎と新婦が考えたであろう言葉が、その代わりとなった。
これから数十年の人生を、今誓えるはずがない。人生とは、自分達で創りあげていくものだ。神様が聞いたらちょっと怒りそうかと思ったが、口だけの誓いをするよりもはるかにましだ。
しかし、神に対して誓わなくとも、周防たちは一生を添い遂げることが出来るだろう。かつて愛した男ならそれができる、彼はそう信じている。
(本当に・・・まぶしいな)
教会の中から、明るい道を進んでいこうとするお似合いの新郎新婦を見て、苦笑する。黒沢は自分の願いを神が聞き遂げるとは思えなかったが、教会から伸びているその道に対し、彼らを導いてくれ・・・本気でそう思っていた。
ふと彼らは止まり、何かを投げた。新婦の細い腕に似合わぬほど高く、綺麗な放物線を描いて舞ったそれは、黒沢に落ちるかと思われた。
(まずいな・・・)
焦りを隠さない黒沢。結婚式の一大イベント。どう考えてもこれは偶然でしかないのだが、これを受け取ってしまえば周囲の殺気が膨れ上がるのは目に見えている。
しかし、あからさまに逃げるわけにもいかない・・・対処に困ったが、ふと神様の悪戯か、彼の頭にぶつかったあとに、隣の少年の手に上手く収まる。
「あら・・・?」
気づけばそれはブーケだった。そして投げられた方向を見ると、新郎が軽くウインクをする。結婚させるつもりはないということなのだろうか?
全く人の悪い・・・それでも幸せそうな夫婦には文句になど言うつもりもなかった・・・。
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二次会もあったらしいが、それは辞させていただき、帰る事にした。
別にこれ以上周防の顔を見ていたくないわけではないが、さすがに元恋人が同席するわけにもいかないだろう。
それに、今の暖かい気持ちを胸にしまって帰るのもよい、そういう結論だった。
よって、諸々は臼井に託し、ひっそり帰ろうとすると、肝心の主役が駆け寄ってきた。まったく・・・大人しく帰らせてくれ、愚痴はいいつつも、彼が来るのを待った。
心のどこかでは周防が追いかけてくれるのを待っていたのかも知れない。
「先輩、今日は・・・その・・・」
続きを出す前に、ゆっくりと抱きしめてやった。それが黒沢なりの答えだった。どのような『綺麗な』言葉を出しても、今の自分の気持ちは伝わらない。それに気づいたのか、周防はもがくわけでもなく、ただ大人しく身を任せていた。
「いい子じゃないか」
ゆっくりと髪をすいてやる。周防はそうされるのが好きだった。どうやら現在もそうらしく、甘える仕草をした。
「俺には・・・もったいない」
「いや、千草を選んだんだ。見る目があるさ」
『それに、この俺が好きになったくらいだ』言外に含ませると、気づいたのか周防は悲しげな表情を見せる。
「俺・・・先輩が嫌いなわけじゃ、ないんです」
「知ってる」
確かにずっと周防のように思っていた。過去のことになっていても小さいとげが刺さっていた。しかし、意外な縁で臼井から聞いた。
「ただ・・・いや、何でもないです」
何かを言いかけて、やめた。決して気にならなかったわけではない。だが、理由を聞く必要はなかった。
過去は必要であっても、縛られてはいけない。今はこの愛しい『後輩』を送り出してやらなければならない。
「千草・・・幸せになれよ」
「ありがとう・・・先輩」
人の気配を感じ、ふと視線を移すと、もう一人の主役がいた。旦那がいないから追いかけてきたのだろう。優しく、抱きしめていた周防をはがした。
「君が・・・奥さんか」
「はい。その・・・」
困ったように微笑まれ、この現場を目撃していたことを察する。この分だと、声をかけなければずっと側にいたらしい。
新婚早々の『浮気』を目撃したにしては、彼女は落ち着いていたが、気にすることはあるまい。これは先輩である黒沢の特権だ。このくらいはしたところで神様も見逃してくれるだろう。
「こいつは俺の後輩でね。いろいろ手はかかったけど、まぁ・・・可愛いやつだよ。だから・・・その・・・」
幸せにな・・・口には出さなくても、言いたいことは伝わっているだろう。彼らは満面の笑みを見せてくれた。
「はい!よければそのうち遊びに来てください」
社交辞令には、笑って返してやった。彼らのお邪魔をするほど、黒沢は愚かではない。ただ・・・子供が出来ればそのうち見せてもらおう・・・そう思うのだった・・・。
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