その12

不思議と暖かい気持ちで満たされている。今までたくさんとは言わないものの、それなりには友人の旅立ちを見送ってきたが、ここまで印象に残るものはなかった。
たとえ自分が今以上に枯れてしまっても、今日という日は決して頭から消え去らないだろう・・・そんな不思議な自信が黒沢にはあった。




「・・・臼井?」



新郎新婦と別れてしばらくすると、教え子がそこにいた。二次会の空気が合わなそうだと思って出てきたらしい。
その気持ちは分かる気がする。何が悲しくて高校生がいい年した大人と飲まなければならないのだろうか?
どうせ飲むのなら、年が近いもの同士で飲んだほうが、話は盛り上がるものである・・・と、教育者ならぬ考えに苦笑するが、今日はせっかくのお祝いの日。細かいことは気にしたくはなかった。


「えっと・・・その・・・酒、飲まされそうだったから・・・」

あたふた言い訳をする臼井を見て、苦笑いをする。この少年は大人の格好の餌食となるだろう。その想像はあまりにも容易なものだった。

「別に先生を待っていたわけじゃ・・・」

だが、臼井は苦笑いをそう受け取ってしまったのだろう。ある程度言い訳してから、そっぽを向く。
別に疑っていたわけではないのに・・・どうやらこの生徒は黒沢を心配して追ってきたらしい。そんなちょっと不器用な優しさに、ずっと心に刺さっていた棘のようなものが抜けて、癒される気がする。


「そうか。俺たちは俺たちで二次会、といくか?」

少年ははにかみながら、はいと言った。





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急いで地元に帰り、黒沢はちょっと古びた喫茶店に誘った。育ち盛りの高校生ということで、ファミレスに誘おうかと思ったが、休日にスーツと制服はかなり目立つ。
もちろん、結婚式の帰りなら誰も文句は言わないだろう。それなりに多い手荷物を見て、皆納得するはずだ。しかし、好奇の的になるのは好みではない。
まぁ、別に危ない理由で誘うわけではない。と、その必要もないのに何故か自分に言い聞かせる。


「いいところ・・・ですね」

臼井に褒められ、自分のことのように嬉しくなる。大学時代から行きつけの店であるため、気に入っているのだ。

「だろう?食事くらい先生がつくってやろうかと思ったんだけどな・・・まぁ、気に入ってくれてよかったよ」

教え子を自宅にあげるのは、さすがに教育者として問題があろう。それ以前に、彼が招いたところで入るとは限らない。

「いえ・・・。というか、一つ聞いていいですか?」

「先生に答えられることなら」



「ちーちゃんのこと・・・」



臼井にしては珍しく核心を突いた質問であったため、サンドウィッチを食べる手が止まった。
黒沢は沈黙し、しばらく考え込む。臼井が黒沢と周防の関係に気づいたことは解っていたが、聞くとは思わなかった。
誤魔化すのは簡単だし、聖職者とも言われる彼なら、本来そうすべきなのかもしれない。臼井も押して押して押しまくるような性格ではない。どんなに気になったとしても、一度否定すれば食い下がっては来ないだろう。
しかし、それをして臼井、そして自分の気持ちを偽りたくなかった。






「好きだったよ・・・」





穏やかそうに言われ、臼井のほうが面を食らった。彼は茶を濁すと思っていた。自分で聞いておいて変かもしれないが、彼は答えはあまり気にしてはいなかった。
この手の話題は触れてほしくないと思ったから、話題を変えるだろうと思っていた。


「なんて言えばいいのかな。好きで好きでたまらなかった・・・という感じかな。今でも先生にとっては可愛い後輩みたいなものだから、過去形にするのも変だけど・・・いや、臼井の問いには過去形のほうが正しいのかな?
先生は不健全な人間だから、どうしても自分が持っていないものに惹かれる。たまたまそれが男だった・・・ただそれだけのことだ」


苦笑いしている。男同士であることを自分が気持ち悪く思うとでも思ったのだろうか。だが、不思議と嫌悪感はなかった。もともと臼井はその手の話題に疎いことが大きいということもあるのかもしれない。
しかし、同じ男であっても、ひたむきに愛してきた黒沢を、どうして悪く言えるのだろう?臼井にはその気持ちは全くなかった。


「だが、まぁ、それこそ過去のことだな。先生は、あいつの幸せを心から願っている・・・。って、その顔だと信じていないようだな?」

「い、いえ・・・その・・・」

あっさりと、後ろめたさを感じずに男同士の話をする黒沢に戸惑っていただけなのだが・・・それを曲解してしまったようだ。

「まぁ、ここでする話題ではないことは確かだな」

その話はここで終わった。黒沢も臼井も手元の皿を片付けることに熱中した。
今なら聞いても答えてくれるのかもしれないが・・・これ以上その話題を続ける必要はなかった。黒沢が嘘をついているかどうかを知るまでもなかったから。
それに・・・彼の聖域に踏み込んではならない。根掘り葉掘り聞くことは、二人の想い出を踏みにじることだ。


(羨ましい・・・)

それが臼井の気持ちだった。性別に関係なく人を愛することのできる彼が羨ましかった。臼井も人の子ではあるため、その手の話題に興味ないわけではないが、そこまで熱くなることはなかった
それ以前にもともと彼は晩熟であるため、興味は持っても、近づけないことが多かった・・・。

言ってしまえばそれは純粋な興味なのかもしれない。自分にはない優しさと強さを持った大人の男。
だが、臼井は戸惑った。どうしてそんなことを思う必要があるのか?悶々したところで苦笑した。意識しすぎだ。臼井と黒沢は、ただの生徒と教師だ。それ以外の何なのか。だから、これでいいのだ・・・無理やり自己完結した。
しかし、臼井は気づいていたのだろうか?段々意識し始めていることを・・・。





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