その22

臼井は親にその旨、ついでに、外泊するということを話した。
この年の少年少女なら外泊は良くあることだが、相手が教師となると、話は違ってくる。
更に、臼井自身そういうことをそんなにはしないため、無断で借りてしまっては信頼を失うとのことで、黒沢自身がお盆に実家に帰ること、そのための整理に人手が必要だから、臼井を借りたいということを話した。
お泊りについては、気がつけばその展開になった。
親のほうも、真摯な黒沢を信じたようで、快く許してくれた。やはり『教師』の力は大きいものである。




(後ろめたいことなんか、ないのに・・・)



ただ臼井は、お手伝いに行くだけなのだ。それ以外など、あるはずがないのだ。
それでもただそれだけに感じないのは、やはり黒沢の家に行くということがあるからなのだろう。
今までは学校・図書館・喫茶店と、パブリックな部分がかなりあったが、自宅となると、完全なプライベートだ。どうしてもいろいろと意識してしまう。
そんなわけで、臼井は黒沢のアパートのドアを前に、非常に緊張していた。


「まぁ、上がってくれ」

そんな臼井に苦笑し、黒沢がエスコートする。こうなったらなるようにしかならない・・・腹をくくって『お邪魔します』と中に入ると、想像とは違って、かなり綺麗だった。
無駄なものがなく、自分の部屋とは比べ物にならないほど整っていた。そんな彼の部屋にコンプレックスを抱きかけたが、テーブルの上のコーヒーの飲みかけを見つけ、安心する。
とはいえ、掃除する必要がないほど綺麗なことは確かだった・・・。




「・・・綺麗じゃないですか」



と、文句を言いたくなるのは、仕方のないことだろう。もちろん、部屋がきれいであることになんら問題はない。黒沢らしいとは思う。だが、せっかく自分が役に立とうとしたのに、これではやることが全くない。



「・・・口実といったら怒るか?」



いつもの優しそうな口調とは違い、恐る恐る聞いてきた。



「口・・・実・・・?」



「つまりだな・・・今日くらいは臼井といたいという、教師にあるまじき考えがあってだな、だからと言って・・・」

そこにはもごもごと言い訳をする黒沢がいて、よく見るとほんのりと顔が紅くなっていて、一気に愛しさが湧きあがってくる。

「本当に・・・仕方のない人ですね」

うれしさを隠し、あえて渋面で答える。そうでないと、歯止めが利かなくなりそうでいやだった。
抱きつければいいな・・・とは思っているものの、黒沢のプライベート空間に入れてもらったので、彼なりに遠慮しているのである。


「嫌なら送るけど?」

「別に嫌だなんて・・・」

少し意地悪に聞かれて、はにかみながら答えた。もともと黒沢自身に帰す気がないことは知っていたので、むずがゆい気持ちだった。

「それならよかった。せっかく思い切って家に上げたのに、逃げられたとなったら俺の立場がないからな」

黒沢は軽く舌を出し、臼井はそれを見て苦笑した・・・。





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座っていろと言われたので、臼井はそうさせてもらうことにした。
本当は黒沢にくっついていたかったのだが、ゲストは待っていなさいと諭され、しぶしぶとそうした。
黒沢は現在何か料理しているようで、キッチンからはいい匂いが漂ってくる。何だろうな・・・出てくるものを想像していたところに、彼がやってきた。


「できたぞ・・・まぁ、プロには劣るけど、その辺は我慢してくれ」

本人はそう言うものの、別に腕が悪いわけではない。本職には劣るだけで、一人暮らしの男性にしては立派なのではないか?そう思い、一口ご飯を口に入れる。
普通の白米ではあるが、黒沢の家で、彼と一緒に食べているせいか、普段よりもおいしく感じる。


「その・・・おいしいです」

「そうか、それならよかった。こういうときに限って用意がないもんだからな、俺としても満足してくれるか不安だったんだけど・・・」

照れ笑いした黒沢を見て、ふと臼井は気づいた。黒沢と一緒に食べるのなら、それがどんなものであってもおいしいのかもしれない。
それを言ってみると、黒沢は『本当に困った』・・・そんな顔をした。




「臼井、いくらなんでもそれはまずいだろう?」




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