その23

「まずい・・・ですか?」



きょとんとされ、黒沢は答えに詰まった。これがただの超絶美青少年少女であれば、違和感がない分、まだよかったのかもしれない。
少なくとも何人もの生徒を見ている黒沢なら『これも計算のうち』だと思えて、冷静に『まずくないよ』と答えることが出来る。

しかし、相手は臼井なのだ。確かにルックスは、美青少年の中に入れば埋もれてしまうのかもしれない。しかし、黒沢にとってはどんな宝石よりも大切にしたい存在なのだ。
更には、整っている、もしくは、素朴だとも形容させる容姿で、ぎこちなく口に出されるものだから、たとえ本人が意識していなくとも、黒沢が『まずい』と思ってしまうのは無理もないことだ。
その上彼には「惚れた欲目」がある。臼井にとっては些細であったとしても、黒沢が意識しないはずはない。どうやら臼井はそんな黒沢の心が解らないらしい。




「先生を・・・口説く気か・・・?」



「口説く・・・?」



当人にはその自覚がなかったようだが、黒沢の表情がただの冗談でないことを物語っているのがわかり、会話、そして自分が言ったことを反芻したようだ。
最初のほうは淡々と思い出していたようだが、ある瞬間で臼井が一気に赤面した。どうやら、自分が何を言い、それがどんな意味になってしまったのか、理解したようである。




「い、いや・・・そ、それは・・・あ、その、お風呂借りてもいいですか!?」



弁解する言葉が見つからなかったようで、逃げに徹することを選んだようだ。
つい笑ってしまいそうだったが、それをすると臼井がますます縮こまっていることは明らかであるため、黒沢は逃がしてやる事にした。
場所を教え、タオルと、たまたま封を切っていなかった下着を渡すと、少年は脱兎のごとく風呂場へ直行した。さすがに服についてはサイズが合わなかったので、今着ているもので我慢してもらった。


ただ、このことは、臼井にとっては幸いだったのかもしれないが、黒沢にとってはある意味不幸だったのかもしれない。
シャワーの音を聞いているうちに、ちょっと・・・いや、とてつもなくアブナい妄想が頭をよぎる事になる。
黒沢も教師である以前に、男であるため、それなり・・・いや、とても気に入っている、それどころか愛してしまっている子が風呂場にいこうものなら、どうしてもその場を想像してしまうものだ。
シャワーを浴びているときの彼の表情とか、実際には目にした事はないが、それなりにしなやかそうな肢体とか。
臼井の背は黒沢よりは低いが、顔は小さく、手足は長い。臼井はもう少し伸びたいと思っているようだが、それなりに理想的な身体つきだ。嫌でも頭に入ってしまうのである。
残念ながら、そんな彼を責めることのできるものは、いないだろう。黒沢だって人間なのだ。




(えーっと・・・)



これ以上は教師として、人としてまずい。下手をすると犯罪者になってしまう。『20代高校教師、教え子にわいせつ行為を働き、逮捕』、こんなことになったら笑い事では済まされない。
急いで健全な思考に入ろうとしたときに、風呂場のほうで物音がした。もう出たのか・・・その速さに感心しながら見やる。




(・・・・・・・・・・)



瞬時に彼は凍りついた。確かに臼井は風呂から出ていた。もちろん、それだけで凍りつくはずがない。ちゃんと理由がある。



(服着ろ、服!)



下ははいていたものの、それだけだった。タオルをかけているその姿は、本人が全く意識していないこともあり、育ち盛りの高校生らしく、健全ではあるのだが・・・不健全な思考をしていた人間にとっては毒以外のなんでもなかった。

「臼井・・・服・・・着てくれないか?」

渋面で―日本語としては変なのかもしれないが、『本当に』心底から―臼井にお願いする。しかし、そんな黒沢のぐちゃぐちゃな心境を解らない臼井は、首をかしげる。

「教師を犯罪者にしないでくれ・・・」

その一言に、臼井は自分の状況に気づき、青ざめる。どうやら湯上りの彼はいつもそうらしく、今もいつもの調子でやってしまったらしい。
人の家なんだからそれくらいは考えてくれ・・・口に出せないほど黒沢は脱力する。


「えっと・・・その・・・ちょっと待ってください!」

大慌てで少年は戻っていき、恐るべきスピードで着替えてきた・・・。シャツは手に持っていたため、相当混乱していたらしい。

「はは・・・ははは・・・それでいい」

「・・・俺の身体見たところで、何にもいいことないのに・・・」

消え入りそうではあるが、何とか口に出す。『教師を犯罪者にしないでくれ』の言葉は、相当衝撃が大きかったらしい。
教師と生徒ではどうにもこうにもなりようがない・・・その不満がほんの少しでもあると嬉しい、黒沢はそう思う。



「哀しいけれどな、先生も男なんだよ・・・」


元気のある自分自身に気づき、ため息をつく。まだ枯れていない・・・と喜べない。
この大切な教え子のことは、やさしく見守ってやろうと思っていたのだが、普段そうやって耐えていることもあってか、何かきっかけがあると妖しい妄想に浸ってしまう。
仮に黒沢が手を出したところで・・・汚れはないが、タブーに疎そうなこの少年は拒みそうもないことが解っているから、なおさらである。
そんな失礼(?)な考えを持ってしまって、彼は結構後ろめたかったのだが、臼井のほうは心なしかほっとしていた・・・ようである。


「よかった・・・と言えばいいんだろうか。うーん、何とも思っていないと言われればショックだし・・・だけど・・・うーん・・・」

それでも複雑な感情を抱いているらしい。自分の好きな人に何とも思われないのは嫌だけど、危ない感情をもたれても素直に喜べない部分があるみたいである。男同士だから、当然といえば当然であるが。



「でも・・・今日くらいは素直に喜ぶ事にする・・・」



そんな葛藤も、当分黒沢に会えないという寂しさの前では、意味を成さないらしい。いつもの表情をそんなに変えない臼井が、珍しくべたっと黒沢にすりより、甘えて見せた・・・。




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