その24
「そういえば・・・学校終わるといつも何してるんだ?」
甘える臼井にほんのりと幸せを感じつつ、黒沢は気になっていた事を聞いてみる。
臼井は黒沢の高校時代とは違い、部活はやっていない。かといって、バイトをしているのかというと、そうでもないらしい。
そのおかげで職権乱用をして一緒に過ごせることも確かではあるのだが、育ち盛りの高校生としては、すこし大人しすぎるかもしれない。
インドアとか、枯れているとか、言いたい放題いわれている黒沢でさえ、それなりに『高校生活』を満喫していたのだ。
「俺・・・ですか・・・?聞いても面白くないですよ」
苦笑いしながら臼井が答える。黒沢の感じていることを少しは察しているらしい。
黒沢とて生徒全員の私生活を知りたいなどとは思っていない。全く興味がないといえば嘘になるが、あくまでもそれは教師としてである。
ただ、臼井に関しては、教師だけでなく、一人の人間として知りたいと思っている。
「普段は先生の手伝いしてたから・・・」
「はは、わ、悪かったな・・・」
放課後に時間を削ってしまったことに対する皮肉かと思ったが、そうではなかったようだ。少し照れながら臼井は否定する。
「別に悪いとは言ってないです。生徒は先生の指示に従うのは当然ですし。先生の手伝いをするのは嫌じゃないし・・・って、話逸れましたね。
友達が部活ないときは一緒に遊びますけど、そうでないときはテレビ見てるときが多いです」
「何か特別に見ているものはあるのか?」
「別にこれといって。テレビがついてればそれを見るし、ついてなければ別に見ないし・・・歌番組も別に見ないですから、満遍なく見てるといったほうが正しいかもしれないですね」
「育ち盛りの高校生がか?」
さすがにそれには黒沢も驚きを隠さなかった。育ち盛りの高校生、今の流行を気にしないとは思えない。大好きであるようなキャラには思えないが、少しくらいは好きな番組があってもよいのではないか。
「そうは言いますけど・・・そりゃ、友達から勧められれば聴きますよ。たまにはそういうのだって見ます。
でも、雑誌なんか見ていると思うんですが・・・何か俺にはみんな同じ顔にしか見えないんです」
臼井の口から出たかなりの問題発言に、黒沢は一気に吹き出した。年不相応・・・ということもあるが、こんなところで自分と同じ考えの人と出会うとは思わなかったからだ。
「分かるな、それ。最近の流行にはついていけないんだ。芸能人って腐るほどいるだろ?顔の違いが解らん。
全く同じには見えなくても、ぜんぜん名前と顔が一致しない。ま、そういうのに興味のない俺だから言えるんだけどな。
実際に好きな人はしっかりと見ているんだよ。一緒くたにしたら怒られそうだ」
もっとも、黒沢とてタレントに騒ぐ人たちの心境を理解していないわけではない。好きだから特別・・・それは芸能人に限ったことではないから。
「ちーちゃんのことですか?」
感慨のこもった響きに、臼井も少し気づいたものがあったようだ。
「ま、そういうことだな。あいつを見ているとな・・・。千草って器用なようでかなり不器用なんだ。結構損しているところあるぞ」
「・・・意外です。何でもできるってイメージがあるから」
年下の目から見るとそう写るのだろう。黒沢も彼と知り合ったころはそんなイメージも持っていた。
「それは間違ってはいないぞ。ただ、そのおかげで頑張り過ぎてしまうんだ。だから・・・ホントに目が離せなかったな」
「本当にちーちゃんのことが好きだったんですね」
「まぁな。好きになると常に相手のことばかり見てしまうものなんだよ。といっても・・・過去の話だけどな」
臼井が暗くなったことに気づき、さりげなく過去のことにして締める黒沢。彼の前で他の男の話をするのも反則だ・・・心の中で苦笑する。
「俺にとって千草は大切な『弟』で、いまは・・・いや・・・なんだか・・・しゃべりすぎたな・・・」
無口ではないが、私生活ではあまりやたらとしゃべるほうではない黒沢も、好きな相手が目の前にいると饒舌になってしまうらしい。
それとも、暫く会えないことが大きいのだろうか。
黒沢にはそれは分からなかったが、『教師と生徒』以外で会う時間がどれだけ貴重であるかだけは分からないわけではなかった。
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