その25

枕が変わると眠れない・・・それとは無関係の理由で中々寝付くことが出来ず、臼井は寝返りを何度も打つ。
いろいろ考えていると、どうしても目が冴えてしまうのだった。
もちろん、原因は今自分がこうしてここにいることである。もともと臼井は好きな人の家に押しかけることが出来るような、大胆な性格の持ち主ではない。
更に相手は教師であり、自分の気持ちなど負担になってしまうからと、はっきりとした関係にはならず、いつでも離れることが出来るように、それなりに気を遣ってきた。
それが、こうやって黒沢の隣で眠るという、想像すら出来なかった事態に直面している。
黒沢がおきているときには相手もそれなりに気を使ってくれ、場の空気によって意識しなくて済んだのだが、起きているのが独りになってしまうと、自分はそれでいいのかと思ってしまう。
心臓の鼓動ばかりが響いてしまう。


会話の流れ上、片付けの手伝いをすると言ってしまったことは仕方ないのかもしれないが、本当だったら、あの後断っておけばよかったのだ。
やっぱり教師の家に行くわけにはいかないと言っていれば、優しい黒沢は臼井の意思を尊重していただろう―もちろん、その際臼井がちょっと困るような何かを言うかもしれないが―。
しかし、臼井は行くことを望んでしまった。臼井自身は本気で手伝いをするつもりだったが、黒沢が呼んだのは、ただ一緒にいたいという口実であることを知り、胸が高鳴った。




(俺・・・おかしい・・・)



ハードルが大きすぎる・・・教師に恋をしても仕方がないので、叶うはずがないので、他の愛にすりかえたつもりだった。
いい生徒でいる努力をしているつもりだった。
しかし、最近想いは募るばかりで、その努力はできていない気がする。もっとも、その努力自体、意味のないことなのかもしれない。仮に恋を他の気持ちにすりかえたとしても、想いの絶対値が変化するわけではない。
むしろ・・・『同性に対する禁忌』という、本能的なリミッターが作用しない分、想いは止まることを知らなくなるだろう。臼井もそんな状況に陥っている。




「眠れないのか・・・」



そんな臼井の葛藤には気づいていない様子で、黒沢が臼井のほうを向く。臼井の寝返りが気になっていたらしく、その顔には若干心配の色が浮かんでいる。

「先生こそ・・・眠れないんですか?」

「当然だろう?お預けを食っているのに、どうして眠ることが出来るんだ・・・」

「冗談を」

即臼井は突っ込んだ。こういうときには笑ってやるのがいいのかもしれないが、あいにくと臼井はそんな器用な性格の持ち主ではない。
軽い口調に反し、少し、いや、かなり深刻な顔をした黒沢に、ギャグで返すことが出来るはずがなかった。


「あぁ、冗談だ。恐らく俺も臼井と同じことを考えているのかもしれない・・・」

それを聞いて、彼もまた眠れなかったことを知った。そして、それを感づかれないために、相当気を遣っていたことも・・・。

「自分で言うのも変だとは思うけど、俺はかなり常識人の部分が強くて、どうしても開き直ることが出来ないんだよ。自分で決めたくせに、これでよかったのかと思っている自分がいるんだ。臼井、情けない教師でごめんな」

ごめんだなんて・・・臼井は軽く首を振った。全然情けないとは思わなかった。
むしろ、真剣に悩んでくれているのが分かり、どうしようもなく嬉しかった。ただ、男同士である為、それ以上に発展しようがないのが、寂しくはあった。
臼井が女だったら、ここで『好き』と言う言葉の一つや二つ、言えたのかもしれない。しかし、相手もそれなりに好いてくれていると分かっていても、曖昧にしておこうと思ってしまう。




「もし・・・俺が女だったら、俺を抱いてくれたんですか?」



全然手を出さない教師には、それだけ正当な理由があるのは分かっている。自分が先生だから・・・ただ世間体を気にしているからだけではない。
その理由は痛いほど分かっているため、そこまで知りたいとは思わなかった。あえて思わないようにしてきた。
もちろん、黒沢のことは知りたい。だが、踏み込んでいいのかという思いもあるのだ。


「そうだな。臼井が女の子だったら、俺は普通に好きだと言って、抱かせてもらうのかもしれない・・・」

その言葉に、臼井の全身から血の気が引いていくような感じがした。それは、自分が男である限り、決して相手にされない・・・そう言われている気がしたから。
しかし、まだ女の子であれば相手にしてもらえると思えるだけ、よかったのかもしれない。


「だけどな、本当に女の子だったら、ここに上げたりしないかも知れない。その辺は俺にも分からないが・・・それ以前に、臼井が男であっても女であっても、自分の教え子に手を出すわけにはいかないだろう・・・首が飛ぶ、そんな問題ではないよ」

臼井の『もし自分が女だったら』というのは、ある種の望みだった。決して女になりたいわけではないが、『女だったら手を出してくれたかもしれない』と思うことで、下らぬ妄想でもいい・・・現状に納得しようとしていた部分があった。
しかし、黒沢のその一言によって、彼の望みが完全になくなってしまったことを知る。




「・・・だったら、俺をあげなければよかったのに。優しくしなければよかったんだ」



そんな愚痴に黒沢は、ただ『そうだな』とだけ言う。それから彼は反対を向いてしまい、何も言うことはなかった・・・。




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