その28
黒沢と周防が久しぶりに距離を縮めていた・・・ちょうど同じころ、臼井は周防宅を訪れていた。
もともと夏休み前から誘い自体はあったのだが、黒沢と『偶然会う』ことが目的だったので、断っていたのだ。
しかし、『黒沢とはもう終わった』ため、少し気晴らしに遊びに行かせてもらう事にした。周防自身はいつでも来ていいと言っていたが、結婚してしまった以上そんな単純な話ではなくなる。
それでも家にいると黒沢のことばかり思い出してしまうので、意を決して遊びに行かせてもらう事にした・・・。
『どなたですか?』
「臼井です」
『あぁ・・・ひょっとして、孝介くん?』
はい、と答えると、中から周防と同じくらいの年の女性が出てきた。周防の妻、絵美である。
結婚式以降初めて会ったが、そのとき見たよりもおっとりしていそうな女性だった。ウエディングドレスは人を変えるものである。
「ごめんなさいね。せっかくきてくれたのに、千草くん、出かけているの」
申し訳なさそうにする絵美に、慌てて首を振る臼井。
「そんな・・・俺のほうこそ突然押しかけちゃって」
前もって連絡しておけばよかったかもしれない・・・突然来て本当なら迷惑していることだろう。
それなのに絵美は、笑顔も絶やさず、なおかつお茶を用意してくれて、臼井は申し訳ない気持ちでいっぱいになる。
「いいのよ。あなたの話は彼から結構聞いているから、一度会ってみたいと思っていたの」
その穏やかな笑顔に臼井の罪悪感が薄れかけたとき・・・絵美はおなかを押さえた。腹痛かと思ったが、それに反し彼女は苦痛そうではなかった。むしろ、幸せそうだった。
「どうか・・・したんですか?」
「赤ちゃんが・・・いるの」
その言葉に臼井は戸惑った。彼らが結婚したのは、六月で、現在は八月、つまりは、二ヶ月だ。下世話な話かもしれないが、ちょっと早すぎやしないだろうか・・・。
「えっと・・・」
「・・・孝介くんの思っている通りよ?いわゆる『できちゃった結婚』ね。まぁ、私たちの場合は、もともと結婚する事になっていたの。
だけど、そういうことで早まっちゃったのよね。ちょっと早いかとは思ったけど、好きな人の子だから・・・やっぱり可愛いわ。産まれるのが楽しみ・・・」
幸せそうに絵美は話していた。本来なら『おめでとう』の一言くらい言うべきだが、臼井はそんな気にはなれなかった。
『結婚』、『好きな人』、『子供』というキーワードに胸をえぐられたような気がした。
好きな人と結婚して子供をもうける・・・当たり前であるはずの言葉が、彼とはかけ離れていたものだったから。
臼井の好きな人は男であるため、そんな幸せを得ることができないのだから・・・。絵美も幸せそうだし、周防も彼女を相手に選んだのだから、それだけ愛しているのだろう。そんな彼女を見ると、胸が苦しくなる。
「孝介くんは好きな人、いるの?」
「・・・いません」
否定するのが精一杯だった。
「いるのね?そんな辛そうな顔してるんだもの。恋していない人には出来ないわ。片想い・・・なの?」
「・・・好きになることすら、許されないんです」
吐き出すように言った。
「そう・・・聞いてもいいのかしら?男の子が好きなの?」
答えるかどうか迷った。否定するのは簡単である。
好きになることが許されないのは、別に男に限ったことではない。答え方はいくらでもある。
だが、臼井も心を押し殺すのが限界に近づいていた。誰かに話したかった。誰かに聞いてほしかった。
窺うように絵美を見ると、『言ってもいいのよ』と思っているような気がした・・・。
「男の『子』じゃないです。俺より大人で・・・しかも、地位があって・・・俺には手を出したりしないんだ。
それに、今はその気はないみたいだけど、結婚して、子供も出来ると思うんです。あの人、かなりモテるし」
常識人だから、そう加えた。臼井は黒沢のそういうところが好きであり、嫌いだった。
「だから俺は諦めないといけない・・・。それに、ちょっと喧嘩しちゃって」
絵美は臼井の懺悔に近い告白を、ただ穏やかに聞いていた。そして終わってから素朴な疑問を口に出すかのように一言。
「どうして諦める必要があるの・・・」
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