その29

「だって、俺は男だし・・・あの人も・・・」

「私は男同士だからって諦める必要はないと思うな。
そりゃ、結婚して子供が出来るのって幸せなことだと思うけど・・・せっかくの出会いは、大切にしなければいけないと思うの。
だって、あなたとその人が出会ったということに、意味があるんじゃないかな。千草くんの言葉を借りるなら『偶然が積み重なってできた必然』といったところかしら。
それに、孝介くんにとってその人は、誰よりも大切な人なんでしょう?」




「だけど・・・俺あの人にひどいことを言って・・・呆れられた・・・」



「それなら、謝ったらどう?『捨てないで』とでも縋ってみたらどう?実はね、千草くんだって十年近く仲違いしていた先輩がいたの。
でも、結局仲直りできたみたい。その人を好きでいる孝介くんにできないはずがないわ」


本当に当たり前のように彼女は言ったが、臼井は疑問に思った。彼女の言葉からは、周防と黒沢の関係を知っていると推測できる。
しかし、何処まで知っているのだろうか・・・そこまで思ってから一つの仮説が成り立った。恐らく何処までも知っているのだろう。
だからこそ、男同士を自然に受け入れることができる・・・。


しかしそうなると、また一つ疑問が浮かび上がる。二人の関係を知っていて、何故、絵美は周防と結婚しようと思ったのだろうか・・・。

「その・・・絵美さんはちーちゃんのことを・・・」

失礼かと思い、恐る恐る聞いたが、答えはあっさりと返ってきた。

「えぇ、知ってるわ。恐らく、孝介くんが知っている以上にね。相手は・・・まぁ、言っちゃってもいいわね。黒沢啓先輩、私たちの学校では、密かに人気があったのよね。
まぁ、地味といえば地味だけど、優しそうだから。その黒沢啓先輩が、周防千草くんを可愛がっていたのは、有名な話。男同士の友情っていいわね」


くすりと懐かしそうに語る。そこには嫉妬は存在しなかった。ただ微笑ましいようだった。

「まぁ、私は当時から千草くんが好きで、結構見ていたつもりだたんだけど、まさか付き合っているとは思わなかったわ」

多少相手が好きなら、焼餅くらいやいてもいいはずだ。それを行わなかったのは、二人の間にあるのが友情だと思っていたからだ。
それ以前に、男同士でいたところで普通は恋愛関係だとは思うまい。


「でも・・・いつそれを知ったんですか?」

「卒業式の日よ。ベタだけど好きだと言おうとしたのよ。だけど、早く彼は帰ってしまってね、追いかけたら、黒沢先輩と一緒にいたの」


「それで・・・」



「見ちゃったのよね。千草くんが泣きながら先輩に何を言ってるか・・・その空気で大体話が飲み込めたわ。
内容は私からは言えないけどね。二人の想い出に踏み込むような真似をしたくはないし。
確かにあの時はショックだったわ。好きな人が付き合っていて、しかも男だったんだもの。でも・・・そんな千草くんも好きだったのよ」


軽くウインクをし、臼井は呆気に取られる。どうしてそこまで好きでいられるのだろうか?
もし臼井が同じ立場にいたとして、同じように好きでいられるだろうか。恐らくいられないかもしれない・・・彼はそう思った。


「人懐こい千草くんも千草くんなんだけど、独りの人間のことであそこまで泣いている千草くんも千草くんなのよ。
だから私はその傷に付け込んだの。最初は相手にしてくれなかったけど・・・時間をかけたら心を開いてくれたわ。それで今に至るのよね。

とは言って見たものの、孝介くん、私は一応大人だから無神経にその道を勧めるつもりはないわ。
でも・・・そうね・・・幸せって決して一つしかないわけじゃないから、孝介くんが本気で好きならいいんじゃないかしら。
それに、それがただの偶然じゃなくて、出会うべくして出会ったのなら、今離れていたところで、繋がりは切れないわ。頑張って思いを貫き通したら?
どうせ私が諦めろといっても、無理なんでしょう?」


全てを見透かしているかのように問いかける。励ましてくれるのが分かり、臼井の表情も明るくなる。

「そうかもしれません。俺はひょっとしたら誰かに背中を押してほしかったのかも・・・甘えちゃってごめんなさい」

「いいのよ。ただ、甘える相手が違うわね」

「はい・・・というか、今日ちーちゃんは・・・?」

「せっかく来てくれたのにごめんね。多分今日は遅くなると。待っていたら?」

「いえ、いいです。その、ちーちゃんによろしく伝えておいてください」

本当は周防にくすぶっていた思いを聞いてもらうために来たのだが、その前に少年にかかっていた霧が晴れてしまったので、その必要はなくなった。
それに、絵美の様子で周防の行き先がわかった。恐らく臼井が好きで、そして、周防がかつて愛していた男の元にいるのだろう。
臼井としては複雑だが、不思議と周防の愛し方が自分と違うような気がして、穏やかな気持ちになることができた。
別れを告げる少年の笑顔は、来たときと打って変わって清清しいものだった・・・。




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