その30

実家には数日滞在するつもりだったが、長い間住んでしまうとアパートのほうが心地よくなるもので、ニ、三日滞在しただけですぐ帰ってしまった。
二学期初めのプリントは作成したので、今の課題は、自分の気持ちをどうするかだった。臼井が好きであるという気持ちから逃げるつもりはない。
なら、どう接するか。周防が言うように、自分の『逃げ』が相手を苦しめることは事実だろう。




(いい加減俺も素直になるか・・・)



特別にできないのなら、突き放せばいい。しかし、突き放すことができないのなら、選ぶ道は決まっている。
ただ、教師という肩書きはあるが、それを無視するつもりはない。教師という部分を含めて黒沢は黒沢なのだ。




(携帯の番号くらい、聞いておけばよかった・・・)



と思ったが、何となく臼井は携帯を持たないように感じた。どちらにしろ、偶然に頼るしかないか、諦めに似た気持ちで図書館に行く。
いつもとは違い、蔵書には興味を示さず、所定の場所に行くと、少年が座っていた。臼井少年は人影に気づき、視線を移したところで、驚いた。
来るとは思っていなかったのだろう。そんな臼井を愛しく思いながら、黒沢は隣に腰掛ける。やはり、何も言わない。いつものように温かく見守る。そして、一つの事に気づく。




(別に・・・今はこだわらなくてもいいんだな)



もう少し、教師として臼井を見ていたかった。
もし許されるのなら、彼だけの先生として、残る二年半を見守っていきたい・・・その先はそれから。案外どうにかなるものだ。まぁ、周防も許してくれるだろう。
とはいえ、自分の好きな相手が彼の従弟・・・それを知ったときの反応を考えて苦笑する。そちらのほうが大変そうだ。


「課題、終わったのか?」

「はい、だいぶ片付けたので」

「そうか。話があるんだけど、今から時間、取れるか?」

『教師』以外で直接的に頼むのは、初めてだったかもしれない。今までは遠まわしに表現し、あえて成り行きという形をとっていた。
しかし、今は違う。臼井もそれを感じ取ったようで、神妙に頷いた・・・。






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「話って・・・なんですか?」

黒沢の部屋にいることなのか、話のためにわざわざ時間をとったのか、それとも両方かは知らないが、少年は戸惑いを隠さなかった。
これから黒沢が口に出すことは、彼にとって幸か不幸か・・・誰にもわからないだろう。






「臼井は・・・俺のことをどう思っている?もし、俺がお前を好きだとしたら、やっぱり嫌か?」




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