その5


今、実に複雑な思いの俺なのである。
今の歩の恋人は俺だということはわかっていても、どうしても妬いてしまう。
久々の再会はうれしいのに、その一方で会わなければよかったとも思う。
なんて身勝手な男なのだろう。これは秋本さんに対しても、自分を好きだといってくれている歩に対しても失礼だろう。



廊下で一人悩んでいると、一人の生徒が手招きをしている。よく見れば夏目だった。
そういえばいつもいっしょである歩がいない。自分に用があるのか?
中庭のベンチに場所を移して話すことにした。放課後に来たから、あまり人に聞かれたくない話なのかもしれない。
だから俺は彼が話すまで待った。






「歩のことを信じてやってくださいね」

一体何を言いたいのか。俺が教師として歩を疑うようなことをしただろうか。

「先生が歩と付き合っていることも、秋本さんとかいう人と会ったことも聞いています。それでなんか複雑な気持ちなんでしょう?」

まさに図星であるが、見抜かれるとは思わなかった。
ひょっとしたら授業中に俺が落ち込んででもいたのだろうか。
いや、それよりも歩が話していたことのほうに興味が行った。


俺たちが付き合っていることは、すでに周りに知れている。隠しようのない事実というやつだ(とはいえ本気に思っていない人も多い)。
しかし、いくら性悪な歩とはいえ、秋本さんの事はおいそれとは吹聴しないはず。



だから夏目とは本当に親友なのだろう。



でも、何で俺にそういうことを言うのか。そんな俺の考えとは関係なく夏目は続けた。


「歩は本当に先生のことが大好きなんです。表では結構邪悪な顔をしているくせに、楽しそうな顔でいつも先生が、先生がって言ってるんですよ。俺の耳にたこができるくらいに。ここ何年も先生に会うことを楽しみにしていたんです。
だから、歩につらく当たったりしないでくださいね」






もしやと思った。





親友だからと言っても、わざわざ俺に会ってそんな事を話す人はいない。
夏目は本当に歩の幸せを願っているのだろう。それに・・・。




聞いてはいけない質問だと思いつつも、俺はしてしまった。





「君は歩のことが好きなんだね。俺と同じ意味で」





夏目は一瞬黙ってしまったが、すぐに否定した。
だが、それは彼の本心ではないだろう。瞳が苦しげな色に染まっている。
だから俺はしばらく彼の瞳を見つめた。
夏目はそらさなかったが、諦めたようだ。しぶしぶとそれを認めた。


「でも、俺があいつを好きだって事は本人には内緒ですよ。じゃないと俺になびいてしまいますから。
先生だって俺に取られたくないでしょう?」


夏目は軽口で言った。でも、俺にはただの軽口には聞こえなかった。



それは昔の自分に似ていたから。



もし歩が夏目の気持ちを知ったら恋人をとるか、親友を取るか悩むだろう。それは俺にも理解できる。
あいつは性悪だが、本当は優しい奴だ。夏目の想いに答えようと必死になるかもしれない。
俺のことを話しているくらいだから、歩は夏目のことをとても大事にしているだろう。
だから、想いに答えられないとすれば非常に苦しむにちがいない。
なぜなら、想いに答えられないということは最悪の場合、夏目というかけがえのない親友を失うこともありうるのだから。
おそらく夏目はそれで苦しむ歩を見ていたくないのだろう。





だから俺と歩を応援しようというのか。





自分の気持ちを封じてまで。






ライバルとはいえ、切なくなった。
もし夏目が歩以外の人を好きになっていれば幸せになれたのに。
俺ができることであれば何でもしてやりたいのだが・・・。しかし、俺の顔を見て夏目がやわらかく言う。


「その気持ちだけで十分ですから・・・。それじゃ、歩のことを宜しくお願いします」




夏目は一礼して去っていった。俺は年下だが、親友思いの夏目に敬意を持った。彼のためにも幸せになろう。



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