その9


僕はどれだけの人を傷つければ済むのだろう。
あれだけ僕を好きでいてくれた倉科先生を傷つけてしまった。
あの人は笑っていたけど、その顔の下ではどれだけつらい顔をしていたのか。
あの人は僕に関係することでつらいことがあると、いつも笑おうとする。




僕は二度も同じ相手に対して失恋させてしまった・・・。これからどういう顔をして会えばいいのだろう。





それに、夏目が僕のことをそういう意味で好きだということにもショックだった。
もちろん気持ち悪いというのではない。だけど、ずっと親友だったから、頭が追いつかないのだ。
僕のほうがどう思っているか。夏目の想いに答えられるのか。ただ一ついえることは、夏目がとても大切な存在だということだ。



それは・・・たとえ倉科先生でも代わりになることはできない。




僕は夏目の家に着いた。両親は海外にいるはずだから、今は一人だろう。
病気なのに一人でどうしているのだろうか。一人で・・・そういえばそうだった。僕はずっと夏目を一人にしていたんだ。
今までぎこちなかったから、つい行けなかったのだ。そのせいでずっと寂しい思いをさせているかもしれない。今になってその事実が僕を責め立てる。


チャイムは押したけど、誰も出なかった。だから僕はドアを開けた。部屋に入ると、夏目は寝込んでいた。
僕の存在に気付いたか、夏目はゆっくりとだが起き上がる。苦しそうだが、少し表情がゆるくなった。






「ありがと・・・来てくれて。てっきり俺のこと、鬱陶しくなったと思っていたから」

そうだったのか。僕の胸が締め付けられた。
僕は知らない間にそこまで夏目を傷つけていたんだ。
いつも守ってくれたのに、ずっとそばにいてくれたのに、僕は残酷な言葉を吐いてしまって・・・夏目を・・・。
だから僕は素直に謝った。


「この前は・・・ごめん」

すると夏目は寂しい笑顔を浮かべた。

「いいんだよ。そろそろ俺もお前から離れなきゃならないと思ってたし」

「そんなことない!ずっと僕のそばにいて!」

僕は必死になってすがる。自分勝手な考えだけど、夏目を失いたくない。




もしそうなったら・・・今生きている意味がない・・・。




だけど、彼は淡々として続ける。


「俺は、甘えてたんだな。
いつかは自分から離れていくと知っていたのに。
倉科先生に歩を渡さなければならないのを知っていたのに。
歩が一緒にいるとどうも心地よくて、どうしても今のままでいたかった。
親友のままでいたかった・・・。
でも、そろそろお互いある程度距離を置いた方がいいかもね。
歩は倉科先生のものだから・・・俺がお前を独占してはいけないんだ。
だから、俺の事は気にしないで。
俺はただ調子が悪くて寝込んでいるだけだから。
それより倉科先生のところにいってあげたら?喜ぶと思うよ」


「そんなの絶対いや!もし今帰ったら、夏目がいなくなってしまうみたいだから。倉科先生のことより、夏目のほうが大切だもん!




それに・・・先生とは別れてきたんだ」





紛れもなく、僕の本心である。でも、夏目が動揺する。想像出来ないという顔をしている。

「なんでだ・・・お前・・・あれほど先生のことを好きだって・・・」

しばらくの間、動きが止まっている。そして、何か気付いたようで続けた。

「そうか・・・あの先生俺のことをしゃべったんだな。
あれほど黙っておくよう言っておいたのに・・・馬鹿だな、俺。
認めてなければよかった。そうすれば親友はだめでも友人くらいにはとどまることができたのに。
でも、今更戻りにくいか・・・。なら、俺が歩を襲ったことにすればいいか。
あの人、俺のことを過大評価しているみたいだから、これで俺のことを気にすることもないかもね」


「だって僕、夏目がいなくなるなんて考えられない・・・。もし夏目が僕から離れるなら、しんじゃうかも。冗談なんかじゃないよ。僕のことが好きなら、僕には死んでほしくないよね」

僕の前からいなくなろうとしている夏目を引き止めるために、本当に必死だった。
しかし、その思いは通じなかったようだ。夏目が失望と怒りに染まる。




「そうか・・・死ぬということを軽々しく言うなんて・・・お前ってそういう奴だったんだ。
そういうことを言うべきではないことは歩が一番分かっているとは思っていたけど。俺の思い違いだったんだ・・・。
見損なったよ。



もうここには来ないでくれるかな。顔も見たくない!」



そこまで言われてしまったので、僕は出て行くしかなかった。とてもつらかった。嫌われてしまったのが。すべては僕が悪いのだ。夏目の気持ちを考えず、そこまで傷つけてしまった僕が・・・。





僕はこの日、世界で一番大切な、それこそ自分より大切な親友を失ったのだった・・・。




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