その11
夏目に会わなきゃ。それだけを考えていた。
だけど、さすがに深夜に行くわけにはいかなかったので、残念だけど次の日にした。ちょうど学校が休みだったからだ。
自分の気持ちを伝えたい。
時間をかけてでも、分かってもらいたいし、夏目を分かりたい。
そして、一からやり直したい。
僕はチャイムを押さないで入った(実は合鍵を持っている)。
どうせ出やしないから。
夏目はそれに気付いたからか、ふとんの中に入って丸くなっている。
だから僕は、彼の隣に座った。
「二度と来るなと言われたけど・・・来ちゃった。聞いてくれる?」
すると、中から声がする。
「警察が来る前に出てってくれる?別に俺には話すことも聞くこともないから」
いきなりきつい言葉である。だけど僕はめげない。
「でも僕にはあるんだ・・・。
一からやり直そうよ。
前に死ぬと言ったことは悪いと思ってる・・・ごめん。
けど、夏目がいなくちゃ生きてけないってのは本当なんだ。
この数日、ずっと何か自分の中から大切な何かがなくなっちゃった気がしてたんだ・・・。
先生と別れても傷つけたことに対する罪悪感しかなかったのに、夏目に嫌われたときは、胸が張り裂けそうだった・・・。
昨日先生に押し倒されたんだ。でも、先生とはやりたいとは思わなかった。
望んでいたはずなのに・・・何か違うんだ。
僕は夏目とじゃなきゃいやだ。散々夏目を傷つけといて、今更虫のいい話だとは分かってるけど・・・それでも・・・」
「だって・・・ずっと倉科先生が好きだって言ってたじゃないか」
ふとんから起きて夏目が言う。目が真っ赤だ・・・。すっかりやつれた顔に、僕の胸が締め付けられる。
「うん・・・確かに倉科先生は好きだよ。たぶん恋だった。
でも、夏目のことは、恋かどうかはわからないけど好き・・・だからといって、あれが好きとかいう意味の好きでもないという軽いものでもないと思う。
自分そのものと言うか・・・ごめん・・・言葉になんかできない。頭がごちゃごちゃする・・・」
だから僕は抱きついたのだ。
この感情は恋だかどうだかわからない。
だけど僕は十数年間恋し続けた男よりも、いつも自分の隣にいて、どんなときにも支えてくれた親友を選びたい。
すると、おずおずと夏目が抱き返してくる。
「いいのか・・・俺で。後悔するかもしれないよ」
「後悔なんかしない。それどころか、夏目がいなくなったときのほうが後悔しちゃうよ」
すると・・・夏目が告白する。いつもの軽い口調で言う好きではなかった。
「ずっと好きだった。
俺にはお前しかいなかったんだよ。
だから・・・ずっと好きな人がいるといわれたときにはショックだった。
だけど、歩がそれほどまでに好きと言うから、ずっとこの気持ちを封じ込めることにしたんだ。
こんな気持ち、負担になるって事くらい分かっていたから。
だから、物分りのいい親友でいることで、歩とずっと一緒にいることにしたんだ。
それでも心地よかったよ、今年までは。
先生が現れたときにはもうおしまいだと思ったんだ。
歩に一緒にいられなくなると言われたときに実感したよ」
「ごめん・・・」
「いいよ、別に。その言葉もあって、少し距離を置こうとしたんだけど、上手くいかなかったよ。
離れれば離れるほど苦しくなっていくんだ・・・。
親友のふりをしていたほうがどれだけ楽だったか。
それに・・・もう顔も見たくないって言ってからは自己嫌悪に陥っちゃって。
大事な親友を失ったって気付いたときにはもう涙が止まらなかった・・・。もう二度と俺には笑ってくれないと思うと苦しかった。
自分で言ったくせにね。
だから歩が今来たのは嬉しかったんだ。
でも、引っ込みがつかなくなって・・・。
どういう意味かは分からないけど、好きだといってくれたね。
もう離さないけどいいの?他の人が好きだといっても応援なんかしないよ」
「うん。僕だってもう夏目から離れたくないし。夏目がいない僕なんて僕じゃないから・・・僕には夏目だけがいてくれればいい」
そう言って僕は夏目の胸に顔をうずめる。
こうやってると安心する。夏目の鼓動を感じるから。
自分の居場所はやっぱりここなのだ。こっそり見た夏目はとてもかっこいい。
どうも僕は・・・抱くより抱かれるほうが好きらしい。
場にそぐわずちょっとふしだらなことを考えていると、夏目は苦笑している。
「う〜ん・・・盛大な告白をしてみたのはいいけど・・・いつもと変わらないような気がするのは気のせい?」
「たしかに・・・って事は僕たちってもともと恋人同士だったのかなぁ?」
「さあ。別にいいけど・・・。今こうやって歩を抱きしめられるのなら。それに、無理に恋人らしくしてもわざとらしいからね」
と言ってぎゅうっと抱きしめてくる。
その手から二度と離さないっていう意思が伝わってきた。
よかった。もう二度と夏目とは話すことができないし、こうすることができないと思っていたから。
「キスしよっか・・・」
僕は言った。夏目のほうもそうしたいらしい。お互いに唇が近づく。だが、くっつく一歩手前で僕たちは凍りついた。
母さんがそれを目撃していたからだ・・・。
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