氷の女王に雪融けを

1.

二十代半ば、新米の高校教師、広岡の勤める高校には「氷の女王」の異名を持つ生徒がいる。
三上という生徒で、かなりの美貌の持ち主である。
暗闇に白く輝く月下美人のように美しく、見とれるものは多いらしいが、
触れると低温火傷をしそうなほど冷たいもので、その瞳は液体窒素よりも低温だとか。

勿論その容姿だけでそんな異名を与えられたわけでないのは、彼を受け持っている広岡自身が一番よく知っているだろう。
人格がかなり破綻して―いや、本人のために言い換えると―冷たい。
普段は会話というものはしないが、降りかかる火の粉は容赦なく振り払う性格で、下手に近づこうものなら、氷柱のごとき言葉で突き刺される。

それは相手が教師であっても例外ではない。

頭脳も教師を越えるほど明晰であるがゆえに、変に指名すると、逆に揚げ足を取られてしまい、胃痛で寝込む教師も出てくる。
広岡も何度も―おそらく他の教師よりもはるかに多く―痛い目を見たことがあり、やっと対処の仕方がわかったくらいである。
そのため、いつの間にか「氷の女王」と呼ばれ、教師も生徒も彼に関らないのが慣習となった。誰も我が身が可愛いものなのである。






三学期も中盤となったある日突然、一人の生徒が他界した。
守谷純平という少年で、広岡が担任のクラスではなかったが、生物を教えていたことや、彼の教室に遊びにくることもあり、顔は知り合っていた。
もともと人懐こい生徒だったが、担任ではないのに声をかけてきたこともあって、広岡の覚えもよい生徒だった。
休み時間には分からないところを教えたこともある。


スキンシップの好きな生徒で、入学したてのころの昼休みには暖かいからと生物室まで入り込み、人を膝枕にして眠っていたこともあった。図々しくあったが、どこか憎めない少年で、いつの間にか彼が来るのが楽しみになってしまった時には苦笑いしたものだった。
しばらくすると来る回数は減ったから寂しくなったものの、それでもそれが絶えるようなことはなく、思い出したように遊びに来ていたものだった。
会った時はやはり人懐こかったので、うまくやっているのだろうと思っていた。
そんな彼が何故?と思ったが、交通事故だったらしい。信号を無視した車が衝突し、病院に搬送されてから一時間後に息を引き取ったそうである。



どうしてあんなに真面目だった青年が短い生涯でなければいけないのか?
どうして暖かく、素直な心の持ち主の子供が自分たちよりも先に逝かなければならなかったのか。
それが守谷を知る広岡の想いだった。
だから、せめて担任以外でも一人くらいは葬儀に参列すべきだという話が持ち上がったときに、守谷が懐いていたことを理由に広岡が教師代表として行くことになったのである。






守谷は自分が知る以上に人望の厚い生徒だったらしい。
平日だというのに、かなりの友人が参列していた。
その数から判断すると、恐らく小中学校の友達もいるのだろう。

しかも、かの三上もそこにいた。

気に入らなければ義務でも行かなさそうな三上を葬儀に出席させるほど、彼は大物だったことになる。
もちろん、驚くべきポイントは三上が来たからだけではない。それは広岡の想像範囲を超えるものではなかった。
そこかしこで心からすすり泣く声が聞こえている。

それだけ守谷が人気のある少年だということだった・・・。


「一人の生徒を失うのは・・・ここまで悲しいものなんだな・・・」

失ってから気づく、その大きさ。広岡もそれを思い知らされる。



しかし、悲しいはずなのに、そんなときにも陽だまりのような守谷の笑顔しか頭に浮かばなかった・・・。



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