2.

葬儀が終わって外に出ると、軽く降っていたはずの雪は、
いつの間にかうっすらと積もっていた。
空から降り注ぐ氷の涙が、広岡に降り注いでいく。
皆の悲しみを表しているのだろうか、
それは決して彼の上に落ちても水になることはない。




大事な友達を失った人たちの心の痛みはかくも大きいものなのか・・・
広岡が葬儀に出たのはこれが初めてではないが、それは淡々と過ぎてしまい、記憶の泉に埋没してしまい、ここまで空虚な気持ちにはならなかった。
ここでふと三上の顔を思い出す。氷のように冷たい少年・・・。
白銀の世界に似合いそうであるが、そんな彼でも悲しむのだろうか・・・と思いかけたが、悲しいと思うから来ているのだろうと思い直す。
そう考えると、今降り注いでいる雪は、守谷の友達のものではなく、普段見せることのない三上の涙なのかもしれない。




とは言え、それよりも広岡は三上の行動のほうが気になって仕方がなかった。
呆れるほどの早業で焼香を済ませ、『見つからないように』抜け出したのを広岡は見逃してはいない。
一般とは違った意味でマイペースな三上が、周りに気を遣うとは考えられない。
何か意図があるのだろう。どこに行ったのだろうか?


残念ながら、心当たりがあるほど広岡とは親しくはない。
広岡は三上と必要以上に接しようとは思っていないし、三上は広岡のことを教師として認識していない。
ただ、三上をとりまく関係を推理し、一つ考えられるなら・・・花を供えようかと新雪を踏みしめながら事故現場に向かう。
可愛い生徒の笑顔が二度と見られないのは、寂しくて仕方がない。
生徒を特別扱いしてはいけないのが教師だが、教師でなければ、間違いなく弟のように可愛がるだろう、広岡にとって守谷はそんな少年だった。




(逝くのが早すぎなんだ・・・)



認識すればするほど大きくなる・・・そんな心の穴を噛み締めつつ一歩踏み出そうとすると、思いつめた空気をまとった生徒がそこにいた。
彼はゆっくりと花束を供え、拝むことはせずにしばらく立ち尽くしていた。
そして、口を開こうとしたが、躊躇ったようで、広岡に気づかずに立ち去る。
もしや三上か?ゆっくりと後をつけようとしたけれど、背中が外界からの拒絶を望んでいるようで、意思とは裏腹に近づくことが出来なかった。
彼がその場を後にしてから、広岡も現場に向かい、花束を供え、手を合わす。




(三上・・・お前はどれだけ辛いんだろうな・・・)



口に出したところで、返ってくるはずはなかった・・・が。





「あなたに教える義務はありませんね」





と突然声がかかり、広岡の腰が抜ける。

「え・・・何故そこにいる?」

見上げた先には不機嫌そうに三上が立っていて、どう始末しようか考えているといっても差し支えなかった。

「何故って、死人に花を供えるからに決まってるでしょうが・・・まさかあなた、ここで俺が花を持ってフラダンスをするとでも?」

広岡にかなり呆れているようだ。皮肉たっぷりだ。ただ、本人はボケているつもりは全くない。彼相手にボケることが出来るほど、広岡は鉄の胃を持っているわけではない。彼の胃は大量生産されたものであって、決して特注品ではない。

「だから、何で戻ってきたんだ・・・」

とまで言ってはっとし、口を閉じる。三上はそんな哀れな広岡を不躾に見つめてからこう返す。

「尾行ですか・・・。趣味悪いですね」

三上は、心底から不機嫌であるらしい。ブリザードの度合いもいつもよりはるかに多く、完璧に広岡を敵視している。

「いや、途中で抜け出したから、その・・・どうかしたのか・・・と」

きりきり痛む胃を押さえ、広岡は弁解する。そんな彼に三上は、ただ寂しげな視線を返すだけだった。

「それは・・・俺が聞きたいんですよ」

何か思うところがあったのだろうけれど、その気も失せたのだろう。それだけ言って三上は静かに去っていく。
広岡とて、自分の存在が邪魔であることに気づかないほど、愚かではなかった・・・。



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