4.

やはり三上は死ぬつもりだったらしい。調子が戻ったのではなく・・・彼は守谷の元に旅立つために力をふりしぼったのだろう。


「何言ってるんだ!?俺はお前の担任だ。関係ある」

己の繊細な胃のため、本来は広岡も当たり障りのないことしか言わないようにしているのだが、今回ばかりはそういわざるを得なかった。
生徒の命がかかっているのだ。見捨てるわけにはいかない。


「あぁ、そういえばそうでしたね。すっかり忘れていました。でも、俺が死んだところで世界の歯車が変わることはないでしょう?」



反論させない口調で切り捨て、広岡も返す言葉がない。
たしかに、三上が死んだところで何かが変わるとは思えなかった。

今止めるのは、広岡が教師だからだ。

もし彼が会社員だったら、見なかったことにするだろう。
それに・・・あまり人付き合いをしなさそうな三上だ。
例えその時は悲しくとも、元の生活に戻るのかもしれない。
それを感じ取ったのか、三上の言葉がますます鋭くなる。


「あなたは保身のために俺を止めるのでしょう?自分のクラスから自殺者が出れば、担任の責任になる」

一々的確なところをついてくる。返答に困っていると、三上はなおも絶対零度の言葉を告げる。

「生徒の自殺を止められなかった教師・・・その看板がつくのが嫌なんでしょう?」

背筋が凍るような視線を送る三上。何を言っても上げ足を取られるだけだ。それを察した広岡は降参のポーズをとった。

「参ったな・・・三上の言うとおりだ。俺は保身のためにお前の自殺を止める。
お前は死んでくからいいだろうが、俺はダメ教師の烙印を押され、再就職先が見つからないというオチが待っているからな。
もちろん、それだけじゃないぞ?お前が死ぬことで無駄に警察と救急車を動員することになるんだからな。
でも、お前が悪いんだからな。俺の繊細な胃をじくじくと刺激してくれるから・・・」




やけくそになって白状すると、氷がほんの少しだけ融けたような気がした。



「馬鹿みたいに正直ですね。そういう時は意地でも否定するべきじゃないんですか?本当に教師らしくない」

少しくらいは否定してほしかったらしい。そんな三上に苦笑する。

「そこまで俺をいじめないでほしいんだけど・・・。
否定したところで、同じ結果が待っているからな。いや、無駄に多くやられることになる。
それなら最初から認めておいたほうが得策だろう?」


くすくすと笑うのが聞こえる。馬鹿にした笑いではなかった。



「何か意地になっていた俺が馬鹿みたいだ。ところで・・・どうして死のうと思ったか・・・聞きますか?」



だが、聞かなければ殺すといわれているような気がした・・・。





途中同僚に見つかったが、そこは広岡の特技である、突っ込みを許さないあまったるさ全開の笑顔で引き下がらせ、アパートに連れ込む。
もっともそれは三上に関りたくないという同僚の意思でもあるようで、向こうも異論を唱えるつもりはないようだ。
むしろ、生贄になってくれるのなら・・・とも思っているのだろう。

三上の身も心も凍り付いていたことは聞かなくても分かっていたので、ゆっくりと風呂に入らせ、上がったときには温かいココアを一杯差し出した。
それからは何も言わず、彼自身が口を開くのを待った。




「守谷は・・・恋人だったんです」



そうか。別に驚きもしなかった。三上が守谷にだけ懐いているのは有名な話だった。



「驚かないんですね。男同士なのに」



「あぁ、お前が心を許す人間がいる事実のほうに驚いたからな。それに比べれば男同士なんて・・・」



しかも、守谷は広岡の前では惚気まくっていた。
それが恋人だとは言っていなかったが、とても大切であることはわかっていた。
他言しない教師だと信じていたのか、無防備なのかは知らなかったが。
そういうわけで三上にあまり悪いイメージも持っていなかった。
もっとも、その努力は三上に伝わっていなかったらしく、ものすごく冷たくはあったけれども・・・。


「あいつは俺の全てでした。守谷が隣にいるときだけ自分が人間だって思えて。
優しく、熱く俺を包んでくれて、そのくせ誰にでもついていくような危なっかしいとこもあるから放っておけなくて。
激しい男で、腰が立たなくなるまで愛するような奴で。
泣いても許してもらえない・・・。それで俺が気持ちよさそうにしてると、今度はあいつ、そんなに気持ちいいのなら俺もやられたいとか言っちゃって、いざされると『もうお嫁に行けない』と大泣きする奴で・・・」


「それでお前はなんと・・・?」

ノロケだ。氷の女王の口からノロケが出た。

「仕方ないから俺が嫁にしてやると言ってやりましたよ。
そしたら、じゃ、今度は俺が掘られるなんか言っちゃって・・・あいつは実はMなんですよ」


確かにそのケがなければ三上と付き合おうとなんか思わないだろう。守谷の人気の源は、『忍耐』にあったのかもしれない。



「ま、その前にこんな事になってしまいました、けどね」



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