5.

優しげに目を細められ、三上が本気で守谷を愛していたことを知る。




「白状すると、俺、先生に妬いていたんです。あいつ、何かあるとあなたのとこに行って、楽しそうにしていて・・・」



それでやっと三上が冷たかった理由がわかった。
彼は広岡に焼餅やいていたのだ。
ただ、二人の間にはそんな関係はない。おそらく守谷は広岡をノロケの相手としてみていたのだろう。
年上なら甘えられると思ったのかもしれない。今になってはそうだと思えるが、本気で守谷が好きだった三上はそれに気づくはずがない。
そして、広岡もまさか三上が焼餅をやいているとは思ってもいなかった。
無視されているのではなく意識されまくりだったのは、喜んでいいかどうか。


「えぇ、わかっていますとも。
あいつ俺といてストレスがたまると先生のとこに癒されに行ってたんですよ。
ま、そんな守谷も好きだった。でも、あいつはもういない・・・。

あいつがいない俺は・・・何もない。

何もなければ・・・生きている意味なんてない」


だから死のうとしたのか?自分の氷が融ける唯一の場所を失ったから。

生きる意味を失って。

守谷が眠るところに・・・。

それはとても哀しいことじゃないのか?

そう思うのは同情だろうか?


「生きる・・・意味か。俺はお前じゃないし、守谷でもないから無責任なことは言いたくないが、もし守谷だったらそんなお前を怒るんじゃないか?」

自分の言葉が奇麗事であることくらいは、広岡にはわかる。でも、そういうことしか出来なかった。

「そうですね。あいつはそんな俺を怒りますね。
でも・・・あなたにはそんな俺の気持ちは分からない。
広岡先生?あなたは本気で人を愛したことはありますか?愛したことがないからそんなこと言えるんです」


冷たく言い返し、どこまでも頑なである三上だったが、怒る気は湧かなかった。
あの氷の女王と呼ばれる少年がそこまで愛した男だ。
生きる支えを失った者の気持ちは容易に察することは出来ないし、察することができると言っても失礼だろう。
広岡はそこまで人を想える三上が羨ましかった。


「そうだな。お前の言うとおりだ。どうする?死ぬなら力を貸してやるが」

カッターを差し出すと、軽く首を振って止めた。

「やめておきますよ。そんなことをしたら、あなたの教師人生も終わってしまう。
俺は別に構わないですが、守谷があまり先生に冷たくするなと言っていたので・・・」




つまりは、広岡自身のことはどうでもいいらしい。
どこまでも憎まれ口を叩くしかしない彼には苦笑するしかないが、実際の心の傷は自分が見ているのよりもはるかに大きいものなのだろう。
強がっている三上が痛々しくて、かける言葉が見つからない。
どんな言葉を与えても、守谷みたく三上の心を融かすことは出来ない。それなら?




「・・・同情ですか?」



気がつけば三上を抱きしめていた。自分が男を抱きしめることになるとは思わなかった。
それ以前に、教師としてやりすぎなんじゃなかろうか?一瞬頭をかすめたが、今更引っ込みがつかないのも事実。


「同情かも・・・しれないな」

正直に言う。これが可愛い女の子だったらまだ理由付けが出来るだろう。
しかし相手は強敵の三上。それ以外に自分の行為の理由が思いつかなかった。
馬鹿にするかと思ったが、その気配はまったくなかった。




「そうですか。まぁ、いいです。それならその同情に甘えるとしますか。先生・・・抱いてください・・・」





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広岡は三上を抱きしめる力を強くした。
言葉では癒すことが出来ないほど寂しいのだろう・・・そう思ったからなのだが、想像に反し、三上が睨んでいるような気がし、背筋が凍る。


「もっとはっきり言いましょうか?」

「つまり・・・そういうことなのか?」

「えぇ、つまりは、セ・・・」

何でそうなるの?そっちの意味で抱かなければいけないの?早すぎる話の展開に、広岡はついていくことが出来ない。

「あのなぁ・・・俺もお前も男なんだけどな。というか、お前に手を出したら俺の首が飛ぶ・・・」

「安心してください。あなたの首は保証します。あなたの言葉より、俺の言葉のほうが信憑性はあるでしょう?」

尤もな話である。教師とはそういうものである。
どうしてここまで可愛くないかな?傷ついているならそれを見せてくれればもっと可愛がれるのに。
そうされたくない部分もあるのだろうが、少しは心を開いて欲しい。


「反論できないところが悔しいな」

「だったら諦めて俺を抱くことです」

「いや、俺は可愛い女の子が好きな・・・わけで」

風は広岡に味方してくれないようである。下さいとは言いながらも、迫ってくる三上に、広岡は冷や汗をかきながら抵抗する。

「そういうのをヘタレって言う・・・わけで。
何度振られたんですか、あなたは・・・知らない間に浮気されて別れたってパターンが多いでしょう」


ぎくっ。広岡の冷や汗が3割増える。彼の言うことは図星をついていた。例え落ち込んでいても、毒舌は顕在だったようだ。

「いや、そんなことはないぞ?」

だが、三上はそんな弁解を信じなかった。やれやれ、とだけ言って続ける。

「もしばれたら・・・俺は最愛の恋人を失い、身も心もぼろぼろで、自棄になってあなたを襲った。
そして優しいであろうあなたは死の影を背負う俺を拒むことが出来ず、仕方なく抱いた、それでいいでしょう?
それとも、先生実は俺に抱いてほしいとか?それならそうと言ってくれれば俺だって努力して・・・」

その言葉は暗に拒んだらどうなるか分かっているな?と言っているようで、広岡に拒む権利など存在するはずがなかった・・・。
すなわち、広岡の敗北であった。



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