9.

声をかけようと思ったが、三上を刺激することになりかねないので、出来なかった。
彼はやはり思いつめていたのだ。
だから今から身を投げようと屋上の端なんかに佇んでいるのだろう。
交渉するため静かに近づくつもりだった。だが・・・つるっと滑ってこけ、三上に感づかれた。
ブリザードすらも引っ込むような鉄仮面で見ていたため、最大の失敗と思ったが、三上の方は気にしていなかったようだ。




「守谷はかなり寂しがり屋だったんです」



「そうなのか・・・?」



広岡が知る限りでは守谷は太陽のように明るく、周りをひきつける少年で、寂しいという言葉が似合わなかった。
だが、三上は守谷の知られていない部分を知っているのだろう。だから彼らは恋人になったのだ。


「えぇ。極度に周りからの拒絶を恐れていたんです。俺とは正反対ですね。

だから皆にいい顔をするんです。

期待に応えようって・・・それで皆更に彼に期待するから・・・のくり返しでした。

ま、それが俺たちの始まりだったのかもしれませんね」


三上は昔を懐かしみ、淡々と話す。

「あいつの小さいころの生活環境は知りません。
でも、愛されていたことくらい、わかります。
あそこまでまっすぐな人なんか、そう簡単にはいない。
だから、彼は根っからの性善説男なんですよ。
俺が邪魔者扱いしたとき、相当落ち込んでましたからね・・・あれにはさすがに捨てたはずの俺の良心も刺激されてしまって・・・」


「だから・・・付き合ったのか・・・?」

「最初はただの興味でした。俺もああいうタイプは嫌いなんでね」

嫌いなら何故付き合うのか・・・そう思ったが、聞けなかった。珍しく毒なしに饒舌な三上の話を聞いていたかった。

「はっきり言うと、鬱陶しいというやつです。不要に人のプライベートに踏み込まれるのは、心地のいいものではないんですよ。
『人』が好きな人間ならまだしも、俺みたいな人間にはね。
ま、そんなわけでどうやって病院に送り込もうかと考えたのですが・・・」


三上は守谷にも容赦しなかったらしい。彼らしいといえば彼らしいが、それで守谷が泣き言を言ったことはなかった。
多分・・・言えなかったのだろう。三上の語る守谷像が正しいのであれば。


「知ってました?あいつ、表では明るい顔しているくせに、裏では結構泣いてるんですよ?
人当たりはいいけど、その分周りに泣き言を言わずに一人で溜め込む・・・それが守谷なんです。
馬鹿でしょう?あいつなら無理しなくても友達は出来るだろうに、拒絶を恐れて人一倍努力して・・・」


広岡たちは守谷の何を知っていたのだろうか。自分達の作り上げたイメージで守谷を追い詰めてしまったのではなかろうか。
皮肉なことに、誰にも興味を持たなさそうな三上だけがそれを知っていたのだ。

「泣ける話ではありますが、俺の趣味ではないんですよね」

実も蓋もなく一刀両断してしまった三上。確かにそうだ。広岡は苦笑する。
三上なら気に入らないことがあれば、たとえ神様が相手であっても怯むことはないだろう。それを想像するのはいとも容易い。


「まぁ、だから再起不能になるまで追い詰めたはずなんですが・・・」

困ったように三上は笑った。

「懐かれてしまったんですよ・・・」





そこまで自分の中に入ってくる人間はいなかったから、守谷も本気で惚れてしまったらしい。
まぁ・・・仕方ないといえば仕方ないのかもしれない。


「それなのに俺をおいて独りで逝きますからね。俺の立場がないでしょう」

「はは・・・ははは。確かに。でもまぁ、前を向いた方がいいんじゃないか?」

愛しそうに話す反面、目がこの世界のどこにも向いていない。三上は守谷の亡霊に取り付かれている・・・そう直感した。だから死に引き寄せられているのだ。

「そうは思うんですけどね、夢で守谷が呼ぶんですよ。『寂しいからこっちに来いって』」

守谷らしくないと思ったが、それは広岡が思い込んでいるだけで、三上の知る守谷はそういう男なのかもしれない。

「お前は・・・逝くのか・・・?」

三上が守谷の後を追うと思うと、どうしようもなく寂しく感じるものがあった。
それは、教師としての義務から生まれるものではないことくらい、わかっていた。
ただ三上が痛々しかったから・・・。だが、広岡は彼を止めることが出来るとは思っていなかった。




「ふふ・・・ここから落ちると死ねますよね」



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