1話

「森川、これを南のやつに持っていってくれ」


そう言うのは大学三年の神崎篤先輩である。
彼は容姿端麗、頭脳明晰であり、人を見ると何かしらからかいたくなるというかなりの悪癖を除けば・・・いや、その困った部分を差し引いても文句なしの人であるため、大学三年であるにもかかわらず、先輩方を差し置いて萩原ゼミの主導権を握っている。
その優秀さゆえに、文系にもかかわらず大学入ってすぐに内定が出ているという噂さえある。



「何で俺たちがそんな雑用をしなければいけないんですか?そもそも俺たちは部外者なんだから・・・」


常日頃雑用係にされている森川優がため息をついた。
『そうだな・・・』神崎が弁解しようとすると、別の男が来て神崎の言葉を奪った。



「そりゃ、教授がお前のことを気に入っているから贅沢言うな。
このゼミは競争率が高いんだ。今のうちにポイントを稼いでおいて損はないだろう。お前だってゼミを探すの面倒だろ?」



要は試験も抽選も気にせず荻原ゼミに入ることが決まってるようなものだから、今のうちにゴマをすっておけ・・・というのがその男、清原将人の答え。
彼は神崎と同じゼミ生で、優等生そうな神崎に比べ、こちらはノリのイイお兄っぽいキャラである。
どっちも美形のこの二人は気が合うようであるが、案外見た目と中身とは一致しないようで、基本的にこの二人は神崎が別の世界に突っ走り、清原がその暴走を止めるという構造になっているようだ。


なお、清原の言うことは事実で、青陵大学経営学部で企業経営を教えている萩原教授は、企業経営の第一人者だ。
時々テレビに出ることもあり、使えそうな人材など勝手に寄ってきそうで、神崎や清原を気に入るのは分かるが、なぜか森川と南のこともえらく気に入っていてしょっちゅう雑用を頼むのである。
といっても、彼らは二年であるため(この大学では三年になってからゼミを受けることになっている)、本来接点はないのだが・・・恐らくそれは神崎がタレこんだのだろう。



「だからといって・・・俺に・・・南に頼ませなくても」


「それは当然だろ。南はお前の言うことしか聞かないからな」


にやにやとしながら神崎が言う。森川が南とのパイプ役という事実もあるが、それ以上に人の悪いこの人が森川のことをおちょくっているのは明らかであるので、森川は清原に助けを求めようとしたが、彼も彼で神崎と同意見のようだ。


「うんうん、そうだよな。あの先輩に敬意を払わないだけでなく、いつも女をはべらして近寄るのも申し訳なるような南が、お前の言う事だけは素直に聞くからな。それなら森川に頼んだほうがいいのは言うまでもないじゃないか」


分かりましたよ、森川は半分ひねくれて二人から離れた。どうせこの二人、しかもそろった二人に口で敵いはしないのだから、さっさと用事を済ますに限る。
次の講義は二人とも一緒であったため、探す手間も省けた。教室に行くと、既に南がいたから。彼は例の如く女と一緒にいた。名前は知らない。聞く必要もない。

いつものことだ、森川は大して気にも留めずに向かう。南は森川と同じ二十歳であるくせに、かなり容姿が違う。
背は平均的だが、どちらかと言うと子供っぽい・・・百歩譲歩して、きれいな顔である森川に比べ、南は背も高く、目鼻立ちも相当整っていて恐ろしい色気を発している。
いわゆるイケメンで、中身はともかく、見た目だけは決して下品なものでもない。そんなだから彼の周りには常に女の噂が耐えない。
それは事実で、常に女を取っかえ引っかえしている。一番近いとされる森川でさえ、南の女の顔は思い出せないくらいである。本人曰く、割り切った付き合いをしているとのことであるが、いつナイフで刺されても文句は言えなそうだ。



「これ、萩原教授が準備しとけって・・・」


「・・・わかった、あとでやっとく。ってか、俺たち都合よく利用されてるな・・・」


雑用係に関しては森川と同意見だったようだが、命令した人間に逆らえるはずなどない。少し愚痴るものの、おとなしく従う。
これ以上その場にいるのも野暮であるので、森川は南がやることを確認したらそそくさと帰ってしまった。
この二人、はたから見るとどうも気が合うようには見えず、一緒にいるところを見ると不思議がる人も多い。森川自身も前は南のことをあまり快く思ってはおらず、今のような関係になったのは高校時代にさかのぼる・・・。



NEXT




サイトINDEX   サイトTOPページ   Novel