3話

『俺は人間じゃない』遠くを見つめながら南が言った。
この間まで付き合っていたということは・・・どうやら今はその相手がいないらしい。
本人はそれについて意識していないだろうけど、その顔はどこか寂しそうにも見える。
そのため森川は『忘れるな!』とは突っ込まないでおいた。


「なるほど、それでこんな食事をしているんだ。だけど、いくらなんでも体に悪いんじゃないか?」


怒られた大型犬はしゅんとする。いつも見せない表情なのが実に可笑しいと同時に、少し切なくもさせる。


「俺・・・何もできないから・・・」


やはり、身の回りのことはすべて人がやってくれていたようだ。
だが、そんなこと言われると森川も帰りづらくなってしまう。
森川は良くも悪くも世話好きの面がある。世話好きだからこそ、こんなところにいる。
人のお世話が大嫌いであれば、難癖をつけてまでも人に押し付けるはずだ。とはいえ、これより踏込むのに抵抗がないわけではない。


「あーもう仕方ない。何か作ってやるからお前はそこで寝てろ」


だが、病人には勝てない。悩みに悩んだ挙句、ついに彼の理性は敗北を宣言する。
本来こんなことをしてやる義理はないのだが、それでもしてしまうのが彼の長所であり、短所でもある。
森川は買い物に行き食材そして、そもそも存在しなかった調理用品を買いそろえ(もちろん費用は南の財布から)、簡単なものを作ってやる。


「ほら、食え。それから薬を飲んで寝ろ」


ちょっとぶっきらぼうに言う。気を害させたかと思ったが、案外そうでもなく、おとなしく食べる。
それで落ち着いている間に森川は掃除洗濯を済ませた。
ちなみに、親とは一緒に住んでいないらしい。『親、病気の子の側にいてやれよ』とは思ったが、子供が子供なんで仕方ないか。


「とりあえずこの惨状は何とかしたから、後は自分でやれよ」


すると南はなぜだか申し訳なさそうにしている。


「その・・・悪かったな。お前、俺といるのは嫌だろ?」


うん。森川は即答した。
その言葉に相当ショックを受けたのか、南が落ち込む。どうやら自分が人からどう思われているかくらいは把握しているらしい。
普段はそういわれても平気そうだから、今日は相当病気で弱っているのだろう。
なんだか可愛い・・・病人を前にして極めて不謹慎ではあるが、笑いそうになるのをこらえて森川が言った。


「冗談だよ。まぁ、お前が好きじゃなかったのは事実だけどね。
でも、俺の思い違いだったみたい。そんな顔ができるんだから・・・お前は機械じゃないよ。そういった顔を彼女に見せてやればよかったんじゃないか?
じゃ、俺は帰るから後は勝手にやれよ」


そう言って帰ろうとすると、突然腕をつかまれる。


「帰るのか?」


「ひょっとして俺にいてほしいわけ?」


「いや、別にいい」


そう言いながらも、森川を見つめる目は捨てられる子犬(今度は子犬なのである)の如く、昔あった消費者金融のCMに出てきそうな小型犬のごとく、すがりつくような目をしていた。まぁ、本人は気付いていないのだろうけど。
そんな人間味たっぷりの南に、森川は苦笑するしかなかった。


「・・・泊まってやるからそんな目で見るな・・・」


本当に仕方なく言ってやると、南は本当に嬉しそうに笑った。いつも見ることのなかった年相応の笑顔である・・・。


「サンキュ・・・」


そのような顔を他のやつにもしてやれば、そこまで浮いた存在にはならなかったのに。
だけど、きっと南は見かけによらず不器用なやつなんだろう。だからすぐ振られてしまうのだ。森川はそんな気がした。
それから結局南はそのまま眠ってしまった。ずっと森川の手を握ったまま・・・。
その手をずっと握り締め、結構寝顔は可愛いものだな・・・森川はほのぼのとそんなことを思いながらその日の夜はふけていった・・・。



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