5話

『なんでこんなことになってるんだろ・・・』



後ろがずきずきと傷む、森川は漠然と考えていた。
もっと優しくしてくれればいいのに、どうせ抱くなら、普段女の子にするような感じでやればいいのに、何であんなに本人の意を無視してするんだろうか。
しかも、お尻の後始末などは、あろうことか全部森川自身がやった。普通は抱くほうがやるべきではないのか?
あの時暴れていなければじっくりまったりと・・・とまぁ、これはどこをどう見ても襲われた人の考えでないが、実のところショックだったのは最中だけで、終ったあとはあまりショックじゃなかった。
森川は南にはとてつもなく甘い。きっと振られてショックだから見境なくやってしまった、そう思えばいいだろうと完結してしまったのである。

もちろん、それは森川の逃避というわけではない。
いや、本音をいうと現実逃避したい気持ちは全くないわけではないが、彼を盗み見たとところ、本当に辛かったのは犯されている森川であるはずなのに、強姦している南のほうもすがりつくような、泣きそうな瞳をしていたのだった・・・。
それを森川は後になって思い出したので、南に対する怒りも自然と失せてしまった。
とはいえ、無理やりした事実は変わらないし、それ以上に尻が痛くてたまらないため、きつく灸をすえてから許してやることにした。
やってはいけないことはやってはいけない。



『南は・・・俺のこと、どう思ってるんだろ』



南は、とんでもなく不器用な男だ。
自分を抱くことで南が少しでも救われるのであればそれでいいが、そうでなければ逆に自分が救われない思いをすることになる。
さすがに南が男同士のセックスに快楽を覚える人間ではないことは知っているが、それでも・・・と思う。その南は何を考えていたのか、しばらく難しいというか不可解というか、説明するのに時間がかかるような顔をしていたが、ぼそっと言う。



「男同士って案外気持ち悪いものだな・・・」



ピシッ!自分の顔面にヒビが入るのを実感する。
これは、少なくとも南が言うべきものではなく、自分が言うべきことだろう・・・いや、そういう問題ではないか。
森川は自分が今胸糞悪い理由に気付き、ため息をつく。だが、そんな複雑な心境には南は気付いていないようだ。



「やるもんじゃなかった・・・」



言い終わったと同時に森川の一撃が南のみぞおちに決まる。何するんだと言って腹を抱える南を見下ろし、森川は怒鳴った。頭から湯気が出ていそうだ。



「悪かったな!どうせ俺はそういうやつだよ!」



更に蹴り倒し、そう吐き捨てて森川は出て行ってしまった。
南は普段からは考えられないほど慌てて、森川を追いかけようとしたが、みぞおちが痛くてどうしても動くことが出来なかった・・・。
なぜそこまで怒るのかは分からなかったが、今捕まえなければ・・・漠然とだが、珍しく南は不安を持っていたのである。

そして、その不安は現実のものとなった・・・。





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次の日から、森川は南のことをまったく相手にしなくなった。
ゼミの関係上露骨に避けるような真似はしないものの、傍から見てもわかるのではないか?と思えるほど冷え込んだ空気が流れるようになった。
そのため、南の心に漠然とした不安がたまっていく。
しかも、その感情が何だか分からなかったため、なおさら悪循環だった。
森川が離れてから何日目かしたとき、神崎に声をかけられることになる。


「とうとう愛想を尽かされてしまったんだね」


こんなときにこの先輩とは鬱陶しい。だけど、下手なことを言うと返って自分が追い詰められることぐらい分かっているので黙秘していた。


「その分だと、まさか森川を強姦でもしたんだな?」


もちろん事実を知らない神崎自身は冗談で聞いたのだが(そもそも、本気で思っていたら聞けるはずがない)、冗談ではないため南が一瞬固まる。しかし、神崎はそれを見逃すはずはない。



「なるほど・・・たまっていた想いがとうとう爆発したんだな」



引きつりつつもとりあえずは平静を装うのが神崎らしい。


「何言ってるんですか?俺はあいつのことを別にどうも思っていませんよ。
ま、ダチといえばダチですけど、あんたが言いたいのはそういうことじゃないでしょ?
嫌なことを忘れられればそれでよかったんです。それなのにあいつは何で怒るんだ・・・」


南は森川が怒っている事実は知っているものの、どうして怒っているかはわからないようだ。
部外者である神崎にすら簡単に想像がつくことなのに。
『やれやれ』呆れつつも、南も可愛い後輩。理解できるかどうかは別として、神崎は諭すことを選ぶ。


「そりゃ、お前の場合、それでもいいだろう。俺はお前自身について、どうこう言うつもりはない。
だけど、森川の場合はどうなんだ?森川がお前と同じとは限らないだろう。
ガキに言うようで申し訳ないが、おまえは同じことをされて嬉しいか?」


だけど・・・力なく言い返そうとする南を制し、神崎が続ける。


「だから、森川にも怒る理由がある。今会っても火に油を注ぐだけだから、しばらくはお互い会わないほうがいいかもな・・・」


本当はそうしてはいけないような気がしたが、目の前の自分を見透かす男には逆らうことが出来ず、従うしかなかった・・・。
そしてそんな南を神崎は意味ありげに笑っていたのだが、南は気付くことが出来なかった・・・。





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「何かお前たち様子が変だけど、夫婦喧嘩かー?」


何も知らない様子で神崎が森川に聞くが、茶化すようでいて眼が心配の色を帯びている。
原因が原因だけに森川はどうするべきか迷っていたが、この分だと既に神崎は何か気づいているのだろう。
それなら下手に黙るより、話して少しでも楽になるのも悪くはないかもしれない。



「俺はあいつに・・・やられたんです」



やっぱりそこに原因があったか、神崎は考えた。
この分だと無理やり犯された森川が南のことを怒っていると思って間違いないだろう。
何だかんだ言って世話を焼きたがる森川をここまで怒らせるとは、南もたいしたものだ、違う意味で感心せざるを得なかった。
だが、森川がこの先に続けた言葉は神崎すら想像できないことだった・・・。



「べつに、強姦されたことはいいんです・・・ということは、強姦じゃないのかな?
ま、どっちでもいいですけど、それよりもあいつ、気持ち悪いって言ったんです・・・」



無理やりされたこと自体には怒っていなかったみたいである。
普通そんなことをされれば、腹が立つなり心に傷を負うなりするはず。
森川の怒りが強姦そのものにあったと思っていた神崎は、肩透かしを食らった気分になった。
南の行為を受け入れているのであればどうして?次の言葉が神崎の疑問に対する答えだった。





「俺が男と付き合ったことがあるのを知らないはずがないのに・・・」



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