6話

森川は男と付き合ったことがあった。そういうことか・・・神崎は唇をかみ締めた。
森川と南が高校時代からの付き合いであることは知っていたが、森川の性癖を南が知っているとは思わなかった。
森川が付き合っていた男というのは、実は神崎のいとこだった。
本当に短い間だが、森川と神崎のいとこ−桐生貴之―は付き合っていたのだ。過去形であるのは、桐生がこの世の存在ではないためである。

桐生少年は小さいころから身体が病弱で、入退院を繰り返していた。
高校も入ったところで出られない・・・そのくらいのレベルで、神崎はもちろんこと、医師にも何度も止められていた。
だが、彼は彼で思うところがあったのだろう。今となってはそれを知るすべはないが、本人の強い希望もあり、学校生活をすることになった。
そのとき付き合ったのが森川なのである。そして、神崎が森川と知り合ったのも、二人が付き合いだしてから少し後だった。
森川は当時から世話を焼きたがる人だったので、桐生にも遠慮なく近づいた。入院したときも同様だった。
本当は桐生のことが好きだからということだったが、そうとは知らない桐生はそういう森川の優しさにどんどん惹かれていく。
しかし、桐生はどうしてもその想いを口に出せなかったし、森川の想いすらも受け入れることができなかった・・・。
自分の命の灯火が尽きてしまうことを知っていたのもあるが、もう一つ、これは神崎自身は知らないことだが、本当に好きだったのは神崎だったからだ。
それでも、森川の必死の告白と、神崎への秘めた想いが限界に達してしまったこともあって、二人は付き合うことになった。

しかし、二人の幸せは長く続かなかった・・・。ピリオドは突然打たれることになる。
桐生の容態が急変し、森川が学校に行っている間に息を引きとったのである。
それは、森川にも、神崎にも深い影を落とした・・・。神崎の大切ないとこだから?それだけではなかった。
実は神崎もまた桐生のことが好きだったからである。森川が桐生と仲良くしているとき、どれだけ悔しい想いをしたことだろう。

だけど、森川を嫌いになることはできなかった。

最愛の人を失い、抜け殻になってしまった彼と自分自身を知らぬ間に重ねていたのかもしれない。
自分が愛した人間の大切な人だったからかもしれない。
出会った当初は邪魔者でしかなかったが、それでも森川の存在が桐生にとって救いであったことは、神崎もわかっている。
桐生が限られた生命の中でただ独りの人間を見つけることが出来たことは、それが自分でないことが悔しいとはいえ、桐生にはせめてもの救いかもしれない。
だからこそ神崎は森川の世話を焼き、見守ってきた。その縁で、南とも知り合うことになった。
一見柄はよろしくはなさそうだが、南は神崎が見た中で特別な印象を受けた。おそらく森川のかけがえのない友人であり続けると思っていた。
しかしそれは思い違いだったようだ。それだったら・・・



「俺たち、付き合わないか?」



ずるっ。文字通り森川はずっこけた。一体どこをどうしたらそんな言葉が出てくるのだろうか・・・神崎の中の複雑な思いを知らない森川は何を言い出すんだ、としか思えなかった。



「うん、俺たちもそろそろ落ち着かなければいけないと思ってな」



「落ち着くも何も・・・俺たち付き合っていないでしょう」



「そういえばそうだったな」



当たり前のツッコミに、他人事のように肯定する神崎。
もはや森川は呆れていた。このわが道を行く男とは何年も一緒だったけれど、ここまで呆れたことはなかった。
森川が頭を悩ます問題も、いつもは苦笑して済ますことができる範囲のことだった。
神崎が自分と同じ同性を好きになり得る人間(それどころか、恋敵だった)であることは知っていたが、彼は従弟のことを愛していたはずで、この手の話を彼からすることはなかった。
したがって、悩むという次元をすっ飛ばしてしまったのである。



「まぁ、あのことがあるから付き合えないというのは分かる。だから・・・そうだな、しばらくは兄としてでもいいから・・・俺のことを見てくれないか?」



いつものように自分をからかっている、そう思いかけたところでやめた。
今の神崎の瞳にはそのような色は微塵も含んでいなく、怖いくらいに真剣で真摯なまなざしだったのである。だから、森川もうなずくしかなかった・・・。



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