9話

森川と神崎が付き合いだしてから一ヶ月、南は限界だった。
新しい女とも付き合っていない。そうすれば戻ってきてくれるだろうと思っていたが、それは甘すぎる考えだったようだ。
森川に話しかけることなどできるはずがなく、二人が付き合いだしたということは、あくまでも人伝で知った程度だった。
そのご丁寧に南の耳に伝えてくれた人も半信半疑だったくらいで、最初は何かの冗談かと思ったくらいだ。
だが、時間が経つほどに二人の仲が深まってくるように見えるのは気のせいだろうか。だからと言って、確認する勇気など持っていない。
こうなってみると、自分が一人だということを思い知らされてくる・・・そうやって一人悶々としていると、後ろから肩を叩いてくる人がいる。



「やっぱり愛想をつかされてしまったんだな」



今度は清原である。いつも神崎と一緒であったが、今回は一人。
相方の神崎は森川と付き合っているわけで、清原もあぶれた人間ということか。
彼の思惑はともかく、『愛想を〜』の部分はどう考えても否定できない事実だ。
南は答えることが出来なかったが、その沈黙が清原に全てを悟らせたようだ。


「そうか・・・。やっぱり寂しいんだな。お前、最近、いつも切なそうな瞳で森川のことを見つめているからな・・・」


「別に俺はあいつのことを好きだとは思っちゃいませんよ!」


言ったとたんに恥ずかしさのあまり赤面してしまう。
別に清原は自分が森川のことを好きだとは言っていないのだ。
そもそも自分は無意識のうちに、しかも人に気づかれるほど森川のことばかり見ていたのか?
これでは清原にからかわれてしまうと思ったが、彼はそんなことはしなかった。


「まぁ、落ち着け。一緒にいたいと思うのに、理由っているのか?
あいつらに毒されたのかどうかは知らないがお前は無理矢理森川が離れて寂しいのを恋に結び付けようとしているけど、『一緒にいないから寂しい』俺はただそれだけでいいと思うけどな」


そのように諭す清原は、いつもとは違い『優しいお兄さん』という感じだった。


「寂しいと思うんなら、引き止めてみたらどうだ?お前が必死に頼んでみたらどうだ?
お前が懇願すれば森川も揺らぐと思うぞ?」



「だけど・・・俺には何もないから・・・」



清原は脱力した。これだけの美貌をもっているのに、何ともいやみな話である。
どうやら自分の魅力とやらを見失っているのだろう。それでどうやって女を誑したのか。手ほどきを教えてほしいものである。


「お前にはいいところはあると思うけど?そうだなぁ・・・ルックスもそうだし、女ったらしに見えて本当は純粋なところもな。
まぁ、いくら魅力的だとはいっても、この俺には及ばないけどな」


ははは、と清原が大笑いする。それにつられ、つい南も笑ってしまった。どんなかたちであれ、笑ったのは久しぶりだ。
清原の言っていることは自信過剰ではない。かっこいいときれいを足して2で割ったような容姿、さっぱりとした性格はさぞかし女性に人気があるだろうと思う。
もし自分がこの状況で女の子だったら・・・と思いかけ、やめた。


「もし自分に魅力があるように見えるのなら、あいつがいたからです。
俺が光って見えたとしたら、それは森川という太陽が俺に光を照らしてくれたからなんです・・・」


「ふーん・・・意外とロマンチックというか、詩人みたいなことを言うじゃないか。
それならそこまでためらう君に、いい事を教えてやろう。
あの二人、もしこれからさらに仲が深くなれば、おまえのことなんか全く相手にしなくなるぞ。
奪おうとしたときには時すでに遅し、ということは十分にありうる。
あの神崎のことだからな。手離そうとはしないだろう。おまえや森川がどんなに辛くても・・・な」


何か含むような言い方だったが、清原なりの励ましなんだろう。しかし南はためらい、消え入りそうな声で言う。


「いまさらどんな顔をして行けばいいんですか・・・。俺よりも神崎さんのほうが似合ってます・・・」


そんな自信のかけらもない南を見て、清原はなるほど・・・と思った。
きっと、恐いんだろう。それを言ったときに返される言葉が・・・そして、完全に森川に拒絶されることが。
女を相手にするのと、森川を相手にするのでは勝手が違う。


「お前、今まで誰かを追いかけたことはあるのか?いつも寄ってくる立場だからないだろう。
なら、今追いかけろ。待ってても何もならない。何も言わずに後悔するより、玉砕したほうが立派だからな」


「だけど、こんな情けない俺をあいつは受け入れてくれるだろうか・・・」


「ん〜、それは俺にも分からないが、俺は普段女をたらしているお前より、たった一人の男のことでここまでくよくよしているお前のほうが好きだけどな」


おそらく森川も同じことを思っているだろう。清原はそんな気がした。
森川は世話好きの面があるので、こんなに手のかかる子供はかなりのタイプだろうとも思う。
まぁ、恋愛感情か否かは別として、特別な想いを持っていることは確かである。ただし、それを教えてやるつもりは全くないけれども。すると南は照れながら言った。



「有難うございます。勇気が出ました。玉砕してもいいから俺、行ってきます!」


言うと同時に南は行ってしまった。がんばれよ〜と手を振りながら見送る清原だったが、惜しいことをしてしまったのではないかと思う。
今の南の顔は、とても可愛いものだった。実にそそる。そりゃ、森川が気にかけ、神崎が警戒するのも当然のことだ。
このままあの二人を結び付けてずたずたになった彼の心につけこみ、身も心も自分のものにすればよかった。
大事な人間に捨てられた彼を落とすのは容易いことだろう。彼の泣き顔や、自分にすがりつく南は非常にそそりそうだと思いかけ、苦笑する。
それではわざわざ親友の恋愛をぶち壊そうとする意味がない。神崎には嫌われてしまうだろうけれど、それをすべて承知で清原は焚き付けたのだった。


(というか・・・普通に謝ってりゃここまで大事にならなかったんじゃないか?)


森川と南が仲違した真相を清原は知らないが、これまでのの南の態度から推測すると、原因は南にあるものの、謝罪はしていない状態だろう。だからこそ、神崎の立ち入る隙ができてしまったわけで。
神崎も神崎だ。自分が傷つくと分かっているのに何故・・・と思いかけたが、結局彼を傷つけることになるのが他ならぬ『親友』である清原だ。当人が真剣であることくらい、知っている。
それなのに・・・覚悟はしているものの・・・そっと溜息をついた清原だった。



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