10話

(なんかおかしい・・・)

南が寂しさに押しつぶされそうになっていて、神崎が色々悩んでいる一方で、森川もなぜだか心に違和感を覚えるようになった。
神崎と付き合っていて幸せであるのに、自分を大事にしてくれて満たされていると思っているはずなのに、心の奥底で寂しいと思っている。
『まずは兄として』という感じで付き合っているはずなのに(もちろん、それは言葉のあやというやつで、その『先』があることも森川も了解していた。そして彼自身それを承知していた)、
優しくされればされるほど、神崎をだましているんじゃないかという罪悪感が浮かんでくる。



(やっぱり、南がいないから・・・なのかな)



こちらから遠ざけたのに身勝手な話かもしれないが、そう結論することで森川の心の違和感が説明できることも事実だった。
今から思うと、家に立ち入ったあの日から彼は特別だったのかもしれない。
イメージと現実のギャップは森川にとって悪いものではなく逆に好意の材料となった。
手のかかる子供の世話をするのは、周りが不思議に思っても、何だかんだいって楽しかった。
外面は大人なのに、内面は子供の南と一緒にいるのは楽しかった。他の人にはそんなところは見せないから、自分が特別なんだという気もしていた。

もちろん、彼と一緒にいて救われたことだってある。
自分の好きだった人と永久に別れてしまったあの日、いつもはそんなことはしないのに、ひたすら泣いてしまった自分を、何も気の利いた言葉をかけずに黙って抱きしめてくれたのが南だった。
森川はその南の不器用な優しさを今でも忘れていない。
南は今どうしているだろうか。ちゃんと一人でやっているだろうか。新しい恋人は出来ただろうか・・・。
そんなことを心配しても仕方ないことに気付き、苦笑する。
これではまるで南に恋しているみたいではないか。
だから、森川は急いで南のことを頭から追い出し、神崎に自分の腕を絡める。今はこの人がいてくれればいい。

しかし、その隣で神崎が寂しい顔を浮かべたことには気付いていなかった・・・。





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あるカップルは、他愛のない話をしていた。
昨日の夕食は何であるかとか、ここの店のこれがうまいとか、明日の講義についてだとか・・・色気というものが全く感じられない。
あえてその手の話題を避けているようにも見える。
もちろん本来は男同士でそんな話題にはなりえないという声はあるが、だからといって大学の先輩後輩と片づけるには距離が近すぎる。
いや、近いこと自体は問題はないが、無理やり近づき合おうとしているんではないか?とも思える節があるのが不自然だ。以前はそんな様子はなかったからなおさら不可思議だ。
傍から見れば違和感満載な二人は怪しい位爆笑しながら歩いていくと、目の前に南がいた。彼は全ての想いをぶつけるつもりでいたが、森川にはどうしてそこにいるのかは分からない。
『そういえば久々に顔見たな』などと他人事のように思おうとしたが不思議と心が波立つのを感じる。



(俺は・・・)



「そんなところで何してるんだ?」

何故南が同じ場にいるだけで・・・思考に浸ろうとした彼を、神崎の声が遮った。

「森川を返してもらいに来ました」

それに南が応え、神崎が呆れた顔をする。ある程度の可能性は想定していたものの、あまりにもお約束過ぎる展開だったからだ。
古典的過ぎて、開いた口をどうやって塞ごうかと、場違いなことを考えていた。



「あのなぁ・・・いくら前はお前のものだったからといっても、今俺たちは付き合っているんだ。お前に渡すと思ったか?
それに、俺にはお前に渡さないちゃんとした理由があるのを知らないはずはないと思うが」


気を取り直した神崎の口撃、いつもの人をおちょくるような気配を微塵も感じさせない彼の口調に南は一瞬怯んだ様子を見せるが、彼は彼なりに覚悟を決めたのだろう。決して瞳を逸らすようなことはしなかった。



「嫌われることをしたのはわかってます。だけど、俺にはこいつが必要なんです・・・」



今度は森川のほうを向いて言う。



「お前が俺のことを嫌っているのは知っている。だけど、どんな形でもいいから俺の側にいて欲しい・・・。
最近ずっと頭がおかしくなりそうだった・・・。何でそうなるのか分からないから尚更いらいらして・・・」

神崎はしばらく考え込んだ。戸惑った様子を見せ、時には虚空を見上げたまま固まり、そして、なにやら唸り声を上げるなど、普段の彼らしくない様相だった。
しばらく不自然な動きを続けてから、大きなため息をついて森川に言う。



「俺としては譲る気はさらさらないんだけど、お前はどうする?いや・・・どうしたい」



決定権を森川に委ねたということは、神崎は彼の心の中に潜むものに気付いているのだろうか?



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