12話

何度も謝る森川をさっさと追い払って一人物思いに耽っていると、清原が寄って来て声をかける。その場の空気には似合わないほど明るいものだった。

「その分だと、振られたか?」

「その通りだよ・・・。最初っからお互いのことしか目に入ってなかったんだよ。ったく、不器用な奴らだ」

寂しそうに言葉を紡ぐ神崎の顔は、いつも見せているそれではなかった。
きっと真剣に恋愛をしていたんだろう。覚悟していたはずなのに、清原は自分のした事を後悔する。
気まずい気持ちに浸っていると、ふと思い出したように神崎が言う。

「南だったらどんどんマイナス思考に縛られて身動きが取れないと思ったんだけどな。
だから、これはどう考えても誰かに焚き付けられたようにしか思えないんだが.
ったく、誰だか知らんが余計なことを・・・」

誰かとは言っているが、神崎にはそれが誰だかは分かっているようだ。
いや、分からないはずがない。南に対してそれが出来る人間は限られてくる。
その証拠に、「誰か」という言葉をやけに強調している。
ここまで来ると言い逃れをすることは出来ないので、清原は白状する。

「・・・俺だよ、あいつを焚き付けたのは。いい加減鬱陶しかったからな。だから、恨むなら俺を恨めよ?」

(不器用なのは・・・お前だろうが)

でも、原因を作ったのは清原なので、そんなことを言えるはずがない。
神崎は恋愛においてはいつもの彼に比べ、まっすぐなところがある。
いつもみたいな性格で行えば少しは楽になるのだろうが、それをできないのが神崎の隠れた長所・・・と清原は思っている。
だから、清原にそれを否定する気はない。そんな彼も大好きだ。
だが、真剣すぎるゆえに失恋したときもかなり引きずってしまうこともある。しかも、それを人には見せないようにする。
別にショックなど受けていないかのように振舞うから、見た目の傷が実際の傷かは分からないのだ。

清原は神崎が悩んでいることに気づいていた。それでも森川を大切にしたくて手放すことができなかったことも判っていた。
だから、のめりすぎないうちに決着をつけ、その傷を少なくするために清原は焚き付けた。
それで自分を恨めば、尚更失恋の傷は少なくなる。清原は生半可な気持ちでは神崎の親友はやっていない。
神崎が楽になれるのなら、自分のことなど二の次。



(ま、下らない自己満足だけどな・・・)



そこには神崎の気持ちなど、入っていない。
だから、嫌われても当然・・・のはずだが、想像とはちがい、神崎が清原を抱きしめた。

「いや・・・感謝してる・・・。あと数日付き合ってたら、ほんとにやばかった。
付き合ってる途中から、あいつ、俺と一緒にいるのに寂しそうな顔をするんだ。
すぐに分かったよ。森川は南のことしか頭にないってな。
あいつは段々俺に対する罪悪感から側にいるようになってたんだ。
だけど、俺のほうから振ることはできなかったから・・・」

突然抱きしめられて、清原はどぎまぎしてしまう。思わず軽口を叩こうとしたが、自分を抱きしめる手が震えているので止める。
やっぱり振られたのはショックだったのだろう。
だけど、どうしてもそれを隠したいのだ。
もしその表情を見せたら、きっと森川は負い目に感じるだろうから。
だけど、それならその行き場のない神崎の気持ちはどこに行くのだろう。

「清原・・・ゴメン。お前に気を遣わせたな。俺がもっとしっかりしてれば、お前にそんな真似はさせなかったのに・・・」

さすが親友というべきか、清原の真意に気づいていたようだ。
この分だと失恋の傷を誰かに押し付けるわけではなく、一人で抱えることになるだろう。
このままでは神崎が壊れてしまう・・・清原はしばらく考えた。そして・・・

「今夜は思いっきり泣くか?付き合ってやるからさ・・・」

どこにも行き場がないなら、自分が受け止めてやればいい。
神崎を独りで苦しませるつもりはない・・・神崎が受け取るかどうかはともかく、それが清原の紛れもない気持ちだ。
すると、神崎は思いっきり抱きしめてくる。

「お前、俺を慰めてくれるのか?今夜は寝かさないからな・・・というか、俺の失恋の責任を取りやがれ」

付け加えられた言葉には若干刺はあるが、その声に恨みの色は浮かんでおらず、自分の弱さを素直に見せられない神崎なりの答えであることを察する。
とりあえず一安心ではあるが、そんな気持ちは言葉に出さずに『そんなもん、いくらでもとってやりますよ』とだけ口にしてぽんぽんと背中を叩くことにする。
今日は一晩中語り明かそうではないか。そして、数年ぶりに神崎の泣き顔を独占しようではないか。
それはいいとして、今頃あの二人はどうしているだろうか・・・。



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