Lover’s Concert



1話

(・・・来ない・・・)


腕時計を何度も見ながら久喜朋久は呟いた。
眼鏡の奥の温和そうな瞳は、少し悲しげだ。
彼は人を待っていた。
待ち人の名前は松山洋介。二つ下の幼馴染だ。
見たい映画があるから一緒に行こうと誘われたので、大学をサボってまでも洋介の都合に合わせたのだが・・・肝心の誘った人間が来ない。
この仕打ちは一体何だろう。




(まぁ・・・仕方ないか)



洋介の性格を思い出し、一人苦笑いをする。
どうせ人のいい少年のことだ、学校帰りに誘われたか、足止めを食ったか・・・とにかく、そんな理由で遅れたに違いない。そう思うことにしよう。
洋介は基本的にはだらしない人間というわけではなく、その人柄から色々と同級生にお願い事をされることもあるらしい。
どうせなら朋久のことを優先してくれてもよかったような気もするが、それを要求するのは酷というもの。
自分の優先度が低いのはだいぶ以前からのことで、いちいちそんなことで腹を立てていたら幼馴染などやっていられない・・・。



(珍しく誘ってくれたのにな・・・)


それでも落胆を隠さずにはいられなかった。
こんなことは滅多にない。自分が年下の少年を遊びに誘うような性格でもないし、それ以前に向こうのほうがそうしない。
同じ学校だったらまだよかったのかもしれない。
だけど、自分は大学生で、洋介は高校生・・・その差は大きいのだ。




(でも・・・せめて行けないなら行けないと・・・)



愚痴を言いつつも、それでも『きっと来てくれる』と信じて待ってしまう自分にむなしさを感じていると・・・。


『朋久さん、ごめんなさい!映画、行けなくなりました。埋め合わせは後でします。ホントにごめんなさい』


一応謝罪のメールは来たが、これでお流れになったことが確定する。
どうせならもっと早くメールしてくれればいいのにとか、一体いつになったらまともに遊びに行けるのかとか・・・心の中ではそう思うのだが。



『わかった。忙しいなら仕方ないよ。ま、僕は暇だけど適当に時間つぶすから。でも、夜までには帰ってこれるよね』


と、本当はいろいろと思うところはあれども何も思っていないような返事をするのは、以前からの習慣。
なお、夜なら映画が・・・というわけではない。夜は雇われ家庭教師として洋介に勉強を教えてあげなければいけない。
そんなわけで、実のところは洋介とはしょっちゅう顔を合わせているのだが、それとこれとは話が別だ。
残念ながら家庭教師に関しては朋久の下心ではなくバイトでやっているため、下手に手抜きして洋介の成績が落ちようものなら彼の母親に文句を言われかねない。
そんなことになれば洋介と会う機会は減ってしまう・・・朋久は洋介との時間を作るために、涙ぐましい努力をしているのだ。
もっとも洋介にとっては『母親が雇った家庭教師がたまたま幼馴染のお兄さんだった』くらいにしか思っていないだろうけれども。



ねくすと



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