8話
(日直・・・)
つい最近恋人になってしまった人からのお誘いなど、本来は断れるはずがないのだが、こんな日に限って日直だったりする。
日誌をまとめて放課後先生に出さなければならない。そうなると、相方に押し付けて逃げるというのも一つの手ではあるが、世の中そううまくはいかないものである。
その相方というのは不運なことに留美で、彼女に任せて自分は逃げるというのも流石に良心が痛む。
「松山くん、用事あるの?それなら日誌私がやっておこうか?」
携帯を凝視している洋介に気を遣ってくれたらしい。だが、留美にこう言われてしまっては、彼も断りようがなくなる。
「いや、俺やるよ」
これでお残り決定だ。とりあえず返信だけして、あとで朋久に謝っておこう。
ここ最近断りっぱなしだが、まぁ、許してくれるだろう・・・いつものように思ってしまうのは甘えだろうか。
「松山くん、人がいいって言われない?」
だが、そんな逡巡に気づいてしまったのか。呆れ顔で言われる。それは皮肉か、純粋な感想か。わかるのは決してそれが褒め言葉ではないということ。
「うーん、どうだろ」
本当に人がいいのは自分ではなく、男に代わって仕事をしようとしてくれる留美だとは思うのだが。
「無自覚か。久喜先輩も大変だろうね」
留美が漏らした一言に、洋介がはっとする。なぜ彼の名前がと一瞬思いかけたが、朋久は彼女のことを振ったのだ。
しかも、仲を取り持とうとしたのは、他ならぬ洋介なわけで。
「その・・・この間はごめんね」
と、朋久の代わりに謝っておくことにする。
「気にしなくていいよ。先輩には好きな人がいるみたいだし」
『好きな人がいる』と断ったのは本当のことだったらしい。自分のことである(それが真実であるかどうかは別として)とは留美も思いもよらないだろう。
心の中で『ごめん』と謝っておいた。
「ところで、三沢さんって朋久さんのどこが好きなの?」
これは純粋な疑問でもあった。
「穏やかそうで、誠実そうで、付き合ってくれたら私のことを大事にしてくれそうだから」
きっかけは道端で子猫を拾ったのを見たことだそうだ。確かその猫は朋久の実家にいるはず・・・ということは、ここではどうでもよいことだ。
ぽけーっとしているところはあるが、基本的に朋久は留美の言う通りの人間だ。
派手な人間ではないが、一人の人間として付き合うには申し分ない。とはいえ・・・。
「松山くん、久喜先輩がモテるの、知らない?」
「うーん・・・」
洋介は答えに詰まる。決して不細工の類の人間ではないはずだが、朋久が女と歩いているのはこれまでに一度たりとも見たことはない。だから彼が『モテる』と言われてもピンとこない。
「やっぱり心に決めた人がいるんだね」
それが自分であるとはさすがに言えなかったが、本当に朋久が好きなのは洋介なのだろうか?という疑問もある。
「ちょっと、そこまでは・・・」
『そうみたい』と答えることはできなかった。そんな余裕もなかった。
彼の『告白』を『冗談』と受け取り、だからこそ洋介も『付き合ってみる?』と言ったはずだが、思ったよりもその言葉を気にしている自分がいた。
ただ単に冗談だと思っているなら、すぐ流してしまえばいいのに。いつものように適当に流していればいいのに。それができないということは・・・。
(うわー・・・やばいかも)
つまり、洋介は朋久のことを相当意識しているということに他ならない。
ねくすと
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