第2夜

(結局・・・寝ちまった)

何かあったら・・・と思ったが、結局一晩ぐっすり寝こけた真鍋。
だが、少年は目を覚ましていないようで一安心する。穏やかそうに眠っているので、あれからは悪い夢は見なかったのだろう。
暗がりの上、シチュエーションもありそのときは気づかなかったのだが、少年の容姿はいい線を行っている。
つやのある黒髪、高校生だろうが、決して子供っぽいという印象はない。目鼻立ちもしっかりとしており、女の子が放っておかなさそうだ。
それなのになんで一人で・・・と思ったが、どうせ今日までの付き合い、気にしても仕方があるまい。




(吐いても美青年・・・)



世の中は理不尽にできているものだ。寝るまでの怒りはすっかり失せ、じっと彼を見てみる。
男に興味のない彼でさえも唸ってしまう。あと10年若ければ・・・などとくだらないことを思ってみると・・・。


「お、目覚めたか」

酔いつぶれた少年が目を覚ます。見知らぬ空間にいる彼はどんな反応をするだろうか・・・じっとそれを待つ。

「え?え?」

ゆっくりと目を開いた少年は、暫く目をこすって現状を確認する。
だが、おかしい状況に気づいたのだろう。いきなり飛び起き、部屋を見回す。
そして、首をひねって暫く考え込む。結論は出なかったようだが、相手が解らない以上聞くに訊けないのだろう。
苦笑しながら真鍋は答えを教えてやる。




「俺がお持ち帰りしたんだ」



まぁ・・・表現は良くないが、間違ってはいない。



「な、な、な・・・なんですと?」



がくがくと震え、青ざめる少年。



「変態!ケダモノ!」



挙句の果てに一回り上の真鍋に対し、暴言の言いたい放題。
気が付けば同じ男の部屋にいた、そして真鍋の『お持ち帰り』という言葉・・・普通の神経をしていればそう思うのは当然かもしれない。殴りかからないのが不思議なくらい。
別に痛くもかゆくもないが、どこかで止めておきたいものだ。


「仕方ないだろう?昨日酔っ払って倒れてたんだから、引っ張ってきてやったんだ。君は一晩中外で寝る趣味でもあるのか?」

面倒くさそうに説明してやると、怒りの表情の代わりに、申し訳なさそうな顔つきになる。
この分だといくらかの記憶はあるようだが、それはそれで不幸かもしれない。記憶を忘れたほうが幸せなときもあるものだ。


「その・・・ご迷惑をおかけしました」

ぺこりと深々と頭を下げる。ただパニックに陥っていただけで、基本的な分別は持っているのだろう。
これはただのハプニングだ・・・真鍋もそれ以上の追求はするつもりはなかった。


「構わないよ。俺が勝手にしたことだ。俺はたまたま遭遇しただけで、君が何処の誰だかなんか分からない。
だから別に未成年が酒飲むなとも、親御さんを心配させるなとも言わない。
だけど・・・制服着て酒を飲むのはさすがに感心しないな。飲むときにはそこを気をつけないと・・・というか、今日、学校なんだろ?
制服は見ての通りあぁなんだが・・・どうする?残念ながら俺はこれから会社だ。君の相手をする暇がない。帰るならタクシー代やるから、好きにするといい」


そう言って真鍋は財布から福沢を一枚抜く。高校生がわざわざ飲むのに遠くを選ぶとは思えないし、そうであれば最寄り駅までにするだろう。

「だけど・・・そこまでしてもらうには・・・」

渡された万札をあわてて真鍋に押し付ける少年。相手の素性も知らないのだから、そのままいただいて逃げてしまえばいいのに律儀なことだ。
いや、初対面なのに渡すのだから警戒もするか・・・真鍋から笑みが漏れる。


「ちゃんと理由はあるんだな。あれなんだが、どうにかしてくれないと部屋に臭いが移って困る・・・」

「ご、ごめんなさい!」

「申し訳ないと思うのなら・・・受け取ってくれるよね」

「はい・・・すみま・・・いえ、--ありがとうございます」

さすがに一晩臭いにとりつかれて眠る趣味は持ち合わせていない。あくまでも自分のためということで真鍋も綺麗にしたし、室内に干しておくくらいだから、そこまで臭いがするわけではないのだが・・・これ以上拒否して恩人の立場を台無しにするのは避けたかったのだろう。先ほどとは一転して、お金を受け取る少年。
だが、見知らぬ人間からお金をもらうのは居心地悪いようだ。


「気にするな。だが・・・ひとつ言わせてもらうか。俺としては君にどんなことがあったのかは知らないし、興味もないが、辛いのを酒でごまかすのは感心しないな」



もっと辛いだけだから・・・一杯飲みそびれた腹いせにそれだけ言い残して、真鍋は出社したのだった。






INDEX   TOP   Novels