第3夜

自室に少年を置いてきたのが気がかりだったが、基本的には礼儀正しそうな少年だった。
万が一のためにスペアキーも持っているし、そこまで心配することはあるまい。
とは言え、気になる部分もあって・・・上司に文句を言わせないほど完璧に仕事を済ませ、いつもより早足で帰宅する真鍋。
外界の喧騒など、気にすらならないほどに急いだ。そして、部屋に到着すると、ドアの前には見覚えのある人影があった・・・。




「君は・・・」



見間違えるはずがない。今朝方まで自分の部屋に寝かせておいた少年だった。帰ったと思ったが、どうして?

「先ほどはありがとうございました」

会うなり頭を下げる少年。わざわざお礼を言うためだけに戻ったのか・・・それはありえない。
ただ単にお礼を言いたいのなら、手紙でも書いて、郵便受けに入れておけばいい。他に目的があるのだろう。


「いや、別に構わない。学校には行ったのか?」

「おかげさまで。酒も残ってなかったから」

前後不覚になるだけ飲んだのに、酒は残っていなかったのか・・・その若さに脱帽してしまう真鍋。
だが、何事もなかったのなら、それはそれでいいことだ。いい意味で身体から力が抜けていくような気になる。


「それならよかった。制服は・・・持って帰ったんだよな?それなら、何か忘れ物でもしたか?」

出るときに鍵は郵便受けの中に入れるように指示しておいた。入れてから忘れ物をしたことに気づいたのが妥当な線か。

「これ、返したかったから」

それだけ言って少年はポケットの中から何かを取り出す。それは、先ほど渡してやった諭吉さんだった。

「それはやるといっただろう?」

あきれながら受けとるのを拒む。わざわざこれを渡すためだけに待っていたのか?バイトが終わって夜遅く来るつもりなら、電気がつくころを見計らえばいいはずだ。
酔いつぶれることが出来たんだ。門限などあるはずはないだろう。それなら、いったい何時間待っていたのだろうか?
高校生が下校する時間は、社会人よりはるかに早い。これは礼儀云々ではなく、馬鹿の類に属するのではなかろうか。


「そうなんですけどね・・・俺もそれはどうしようかとずっと考えてたんですけど、ご迷惑かけた上に、こんなものをもらってしまっては俺だって落ち着かないんですよ。
本来だったら俺が払うのが筋でしょう?」


確かに、それも尤もな話だ。意識がなかったとはいえ、部屋を借りたのは少年だし、真鍋がかけた手間というものもある。
だが、ここでもらっても真鍋の立場がなくなることを解っているのだろうか。
とはいえ、ここで突っ返しても少年の努力を無駄にすることになる。どうしたらよいものだろうか・・・。


「そうか・・・なら仕方ない。どこか食いに行くか?」



「・・・はい?」



唐突な提案に少年がぼけっとする。

「君は受け取らないんだろう?残念ながら俺だって一度渡したものをもらうわけにはいかない。なんか空しいし。
ほら、シルバーシートでお年寄りに席を譲ったとする。遠慮されたら君は分かったと言って座るか?」


「いや・・・それは・・・」

『こじつけでは』言うとした彼の口を封じ、強引に話を進める。

「だろう?それなら・・・後腐れなく使ってしまうに限る」

「いえ・・・何もそこまでしてもらう必要は・・・」

何処までも遠慮するらしい。たかが一枚のためにわざわざ時間を費やしてまで待っていて・・・律儀な少年だ。
ここまで来ると真鍋も半分意地が入ってくる。いつもの彼だったらここまで食い下がることはない。





「恩人に対して文句は言わないよな」




少年は苦笑いしながらはいと言った。






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