第4夜

結局その日は食わずじまいだった。真鍋自身はその日のうちに行ってもかまわなかったのだが、彼が日を変えてくれ・・・とお願いして、次の日になった。
別に1日位遅らせて何の効果があるのかと思ったが、少年曰く、心の準備が必要だとのこと。昨日の今日で・・・という気持ちも理解はできたので、真鍋もそれを了承した。
少年が逃げないよう、携帯の番号とメアドを控えておくことも怠らなかった。


「・・・待たせたな」

息を切らせて部屋に戻ると、彼は制服姿で待っている。

「別にそんなに急ぐことはなかったのに・・・」

「いや、なんとなく待っているような気がしてな・・・ったく、鍵渡しておいたのだから、入ってればいいのに」

少年にはスペアキーを渡しておいた。初対面で無用心かとは思ったものの、彼なら悪用はしない・・・そんな気がした。

「そうも行かないですよ。友達ならまだしも、そんなに面識もないのに勝手に入ってたら失礼でしょう?」

「君も律儀だな」

「ダチなら遠慮なく入りますけどね。ただ、真鍋さんには世話になりっぱなしだから、このくらいは・・・ね」

まだ遊び盛りの高校生ではあるが、妙なところでしっかりとしている。そんな彼に好感を抱く真鍋。

「立ち話もなんだ。さっさと行くか。さすがに制服で酒はやばいから・・・その辺は考えてくれよな」





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仕事関係でこちらに来たことと、出勤時間の関係、そして高校生と接点がなかったので解らなかったのだが、彼―仁科譲―は、この付近の高校に通っているらしい。
それなら酔いつぶれたことは危険な行為だったということになる。


「そんな危険を冒してまで飲むなんて・・・何があったんだ?」



「情けない話、失恋なんですよね」



少しは躊躇うかと思っていたが、即答えてくる仁科。当然、表情は明るくない。
ここから先は彼の傷をえぐるような真似になるとは思っていたが、つい聞いてしまう。


「思いつめるほど・・・好きだったのか?」

「そうです。幼馴染ですからね。本当に大切だった。だけど・・・知らない間に仲良くなっていて、俺だけが取り残されて」

仁科の話によるとその二人とも幼馴染であるらしい。今まで3人でいたのが、独りあぶれることになるのだ。確かにそれは辛い、真鍋も納得する。
これが第三者ならまだ救われたのかもしれない。だが、近くにいたもの同士・・・救いがないとしかいえない。


「で、やけ酒したってわけだ」

「そういうことです。どうしたらいいかわからなくて、家のを持ってって。逃げだってことはわかってるんですけど」

フォークを置き、仁科は俯いた。それから沈黙する。
本当は何も口に入らなかったのかもしれない。ただ、真鍋のことを考えて口に運んでいたのだろう。
何も食べなければ彼が気を害すると思ったから・・・。



仁科本人はそう言っているが、知らなかったというのは、嘘なのかもしれない。
本当は親友たちが付き合っているのは知っていたのだ。
だが、あえて気づかぬ振りをしていたのだろう。
二人を気遣って・・・それもあるだろうが、知らなければ自分が傷つかないですむから。



「それで、昨日聞かされたのか」

それには黙って頷いただけだった。友達が仲がよくなっていくのを見るたびに、少しずつ仁科の心には傷がつけられていたのかもしれない。
だが、彼は決してそれを悟られぬように、ずっと我慢していたのだ。それが直接聞かされたことにより、彼の心にも限界が来てしまった。


「だれか・・・悩みを聞いてくれる友達はいなかったのか?」

いないはずはないだろう。話を聞いている限りでは仁科は誠実そうな印象を受ける。友達だってたくさんいるはずだ。
やけ酒する前に誰かに相談していれば、ここまで思いつめることはなかっただろうに・・・。


「相談できたら・・・違ってたのかもしれませんね」

苦しげに彼はつぶやいた。それには多少の自嘲が含まれていたことに気づかぬほど、真鍋は鈍くない。
そして、触れてほしくないことであることも然り。ただ成り行きであっただけの関係だ。自分に心を開かないのも無理はないだろう。


「あーあ、うじうじしていても仕方ないね。真鍋さん、おごってくれるんでしょ?追加してもいい?」

そんな重苦しい空気を破りたいのか、仁科が笑顔を作る。別に気を使わなくてもいい・・・そう思ったが、ここは彼のしたいようにさせてやりたかった。

「あぁ。だけど、まずはその皿を平らげろ。でないと追加はしないぞ。何なら一晩中付き合ってやろうか?明日サボるってのなら、酒も付き合うが」



「またもやお持ち帰りですか。真鍋さんも物好きだ」



『確かに』真鍋も苦笑する。少しは否定しようかと思ったものの、否定のしようがなかった。
女の子が相手ならまだしも、見知らぬ人間、しかも男相手に失恋の慰めに付き合う必要などないのだ。
だが、仁科のことは放っておけなかった。そう思うのは、出会いのインパクトが強すぎるからなのだろうか。


「それを言うな。自覚してるんだから。まぁ、今回は君の意思を尊重するけどな。一応俺も男と一夜を明かす趣味はないんで」

「それが・・・普通だよな。今日はいいよ。また真鍋さんに迷惑かけるから・・・」

何気なく言ったつもりだったが・・・突き放されたとでも思って、真鍋の言葉に傷ついたのだろうか?寂しそうに視線をそらす仁科。
真鍋を見ることが出来ず、視線を彷徨わせたところで・・・固まった。






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