第5夜

「どうした?」


明らかに仁科の様子がおかしい。それを気にした真鍋の問いも、仁科の耳には入っていなかったようだ。
不思議に重いその視線を追ったところであらかた理由がわかる。




(なるほど・・・)

視線の先には、男女がいた。高校生だろうか。明るくよく動きそうな―ボウイッシュと言えばいいのだろうか―女の子の後を、おとなしそうな少年がついてくる。
もし彼等がカップルというのなら、それはそれでお似合いかもしれない。引くほうと引っ張られるほう、バランスが取れている。
今のご時世、男らしさ、女らしさを追及してはいけない。それぞれにはそれぞれの付き合い方があるが・・・まぁ、そんな推測はこの際どうでもいいことか。
人は見かけだけで判断できるわけではないし、仁科が固まっているということは、他人ではないということだ。
彼等が仁科の幼馴染ということになる。こちらのほうが重要。


「真鍋さんの思ったとおり。あれが俺のダチ。どう?可愛いでしょう?」

ふむ・・・考え込む真鍋。確かに可愛いと言われれば同意するものの、仁科には悪いが、恋人にしたいと思うほどでもない。
下手に付き合ったら尻にしかれることは目に見えている。仁科はそんな子が好みなのだろうか?


「まぁ・・・可愛いけどなぁ・・・」

だが、否定する必要もあるまい。蓼食う虫も好き好きという。彼らの関係を知らぬ自分が言っても仕方がない・・・真鍋は出かけた言葉を飲み込んだ。
とは言え、もてそうな仁科が酔いつぶれるほどの女の子か・・・疑問に思ったところで凍りつく。彼らと目が合った。


「あれ、仁科、どうしてこんなところに・・・ってか、この人、誰?」

件の少女がこちらに駆けつけ、後を追うように少年が来る。初対面の人間に『誰?』というのはさすがに不躾ではないか・・・と思っても仕方がない。大切なのは仁科の反応だ。
肝心の仁科は凍り付いていた。それは仕方あるまい。これは普通に考えてありえない組み合わせなのだから。これが赤の他人であれば、いくらでも誤魔化しが利く。
だが、付き合いが深い彼らの場合、下手すれば墓穴を掘ることになりかねない。どうしたらよいものだろうか・・・考えながら彼は口を開く。


「まぁ、アレだ。昨日飲みすぎて吐いてしまって、倒れていたところをだな・・・迷惑をかけてしまったからな・・・」

ちょっと不自然か・・・口ごもりながら説明したが、逆にそれが効果ありだったようだ。納得する少女。

「確かに社会人が吐くほど飲むのは問題ですからね。信用面もありますし。口止めってやつですか?」


すぱっと直球だ。

「まぁ、そういうこと。そんなわけで一緒にいるってことだ。暫くこれ借りるけど、問題はあるか?」

「いえ、こんな奴でよければ」

もともと眼中になかったのか。『煮るなり焼くなりお好きにどうぞ』そう加えて少女は去っていった。仁科のライバルであろう少年は困惑していたが、同じように彼女にくっついていった。

「助かりました」

ほっと一息をつく仁科。安心したのは真鍋も同じだった。よもやこんなところでうわさの主に出会うとは思わなかった。
彼等の学校の行動範囲内にある店とはいえ、こんな日に出会うとは誰が思うだろうか。




「まぁ・・・嘘はついていないからな」



残念ながら、真鍋の言葉には嘘は全くない。主語が違うだけで、『飲みすぎた』ことも、『迷惑をかけた』事も事実だ。
そう仕向けたとはいえ・・・全て彼女たちが勝手に誤解したことだ。真鍋には落ち度はない。


「確かに。でも、なんか・・・落ち着かないですね」

居心地悪そうに仁科が周りを見回す。そんなに意識しなくてもいいと思うのだが、恋敵が一緒にいる店で食事をするのもあまり気分のよいものではないだろう。肝心の味も楽しめなそうだ。

「気にするな・・・と言っても無理か。場を移すか?それとも・・・」

「お言葉に甘えて持ち帰られます」






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結局会計を済ませ、コンビニで2、3本ビールを買い込む真鍋。居酒屋でもよかったのだが、制服組に飲ませるような店はこの近辺にはない。だから、またもやテイクアウトになる真鍋。

「本当に・・・よかったのか?」

「何がです?」

「俺みたいな年寄りより、愚痴を言いたいなら適する相手が一杯いるだろう?」

「年寄りったって・・・まだそんなに老けちゃいないでしょう」

真鍋の年寄り発言に仁科は苦笑する。別に額面どおりに言ったわけではなかったのだが・・・彼はそれを理解してくれたようだ。

「てか、こんな話、ダチにはできないですからね。それに・・・俺は真鍋さんだから持ち帰られるんですよ」

初めて見せた柔らかな笑みに、どきっとする真鍋。
今まで思いつめた顔しか見ていなかったから、仕方ないと言えば仕方ないが・・・さすがに男相手にドッキリはまずい。
苦笑いしながら話題を変えることにする・・・。


「俺を口説くんじゃない」

「別に口説いてるわけじゃないですけどね。そういえば真鍋さんってカノジョいるんですか?」

「ははは、残念だが。あの部屋のどこに女っ気はあるのか?」

真鍋の言うとおり、真鍋の部屋には女っ気はない。ただ、真鍋自身はかなりモてるほうだ。すらりとした身体つき、落ち着いていて、それなりに甘いマスクは、同性からも羨望の対象となりうる。
ただ、性格に少し難があることと、口で言っているほど、色恋に・・・というか、人間に関心がないというのが真実だ。


「確かに。あったら俺なんか放っておくでしょうね。でも、もったいないなぁ・・・。真鍋さん、かなりいい線行ってるんだけど・・・」

妙にほめ殺しをする仁科に、むずがゆくなる。

「おいおい。そういう仁科こそ・・・別に片思いをする必要はないだろう」

「それが・・・あるんだなぁ。真鍋さん、驚かないで聞いてくれます?」

「その保証はないな」

「そりゃそうだ。どうしよっかなぁ・・・」

真鍋の即答に答えるかどうか迷う仁科。悪いことをしてしまったかと思うが、ナニを聞いても驚かないほど真鍋も人ができているわけではない。驚かないといって驚くよりかはましだろう。

「別に、いいたくなければ言わなくてもいいぞ」

気にならない・・・と言えば、嘘になる。ここまで首を突っ込んでしまった以上、その原因を知りたいとは思う。
だが・・・それと同時に興味本位で聞いてもいいものかと思い始めたことも事実だ。今までは赤の他人だったから、なんとも思わなかった。適当に聞き流して、次の日には忘れているだろう。
だが・・・少し情が入ってしまったのだ。


「いいよ。真鍋さんも・・・本当は気になってるんだろ?あの二人連れ、覚えてる?」

あぁ・・・聞かれて記憶をたどる。少し気の強そうな少女と、その後に続くおとなしそうな少年。



「そっちの、男のほう」






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