第7夜



「・・・でも、好きなやつ一人落とせないなら、意味がない」




ポツリとつぶやいたそのたった一言に、仁科の抱えている全ての苦しみが刻み込まれているような気がする。
正直真鍋は迷った。これ以上彼の心を暴いてはいけないような気がする。
仁科とは深い関係ではない以上、そっと一晩眠らせておいたほうがいいのかもしれない。それで、何もなかったかのように帰してやればよいいのだ。
だが・・・それでは仁科が独りだ。同性を好きになったという性質上、クラスメートには相談せず、笑い続けるのだろう。
確かにそれで佐井と佑は幸せなのかもしれない。だが、仁科は?親友の幸せを願うしかない男であっていいのか?
それは違うだろう。仁科だって幸せになってよいはずだ。だが、彼ももう少し前を向くべきなのかもしれない。

たとえそれが仁科の心の全てを知らないから出たものであっても・・・。




「真鍋・・・さん・・・?」



いつの間にか仁科を抱きしめていた。決して仁科は独りではない・・・それを伝えたかった。
別に、自分だけで抱え込むことはない。クラスメートに相談できないのなら、真鍋に相談すればいい。子供は子供らしく、大人に甘えればいいのだ。




「・・・同情ですか?」



そんな行動に仁科が非難の視線を浴びせる。最初は何故?と驚いたものの、すぐにその理由の見当は付いた。
性癖を知った上で真鍋が取った行動だからだろう。真鍋が軽い気持ちでそうしたと思っているのだ。




「それは・・・分からないな」



同情なんかじゃない・・・本当なら否定してやるべきなのかもしれない。だが、それはできなかった。自分の気持ちに嘘をつくわけにはいかなかった。
どうして同情でないと断言できるのだろうか?同じ男を好きになって、失恋して酔いつぶれた・・・それで充分理由付けができるのではないか。


「だが・・・お前を抱きしめてあげたいという気持ちに嘘はないんだよ」

それは紛れもなく本心だった。真鍋と仁科はお互いを知らなさ過ぎる。
仁科が真鍋に自分の性癖を白状したのは、真鍋が彼にとって他人でしかないからだ。
近くを通り過ぎてしまうからこそ、何だって言える。時間をかけて築きあげるような信頼関係なんかあるわけではないから、うわべだけの言葉では、傷ついている少年には伝わらないだろう。
だから抱きしめる力を強くするが、仁科は哀しそうにその腕を振りほどこうとした。


「真鍋さん・・・気持ちは嬉しい。けど、これ以上は優しくしないで。普通に『大人』でいてよ。
じゃないと俺、もっと真鍋さんに甘えるかもしれない。わがままだって言うかもしれない。真鍋さん、男だめなんだろ?
可愛い女の子のほうが好きなんだろ?なら、そうでいてよ」



『期待するから!』と叫ばれて、やむなく真鍋はその腕を解いた。


「その・・・悪かったな・・・」

気まずそうに真鍋が謝ると、仁科は取り繕ったように笑顔を浮かべる。



「別にいいです。赤の他人のはずの俺の話を聞いてくれて、しかもそれを理解しようとしてくれて、ホントは嬉しかったし。
ただ俺失恋中だからさ、今こうされると精神的にやばいんだよね・・・」






INDEX   TOP   Novels