第9夜

「違う!」




『悲劇のヒロインになったつもりか?』その痛烈な問いに慌てて否定する仁科を、確実に真鍋は追い詰めていく。

「違わないだろう?男同士・・・冗談ならまだしも、本気の話なら気軽にできるものではないさ。そのくらい俺だって理解はできる。もしこのことを話して誰かに嫌われたら・・・普通だったら思うだろうな。
だけど、それで勝手に壁を作って、手を差し伸べようとする存在を拒絶して、何が楽しい?
勝手に手を振り払っておきながら、『誰も理解してくれない』と独り嘆いて・・・いい身分だな。結局お前は逃げてるんだよ。
関係を壊したくなかった?違うな。怖かったんだよ。自分の気持ちを知られ、気持ち悪がられるのが」


我ながら最低な言い草だと思っている。本当に身勝手なのは、真鍋のほうかもしれない。
ただ頼られなかったからと傷ついて、八つ当たりをして、自分を正当化させようとする。別に仁科のことを考えて出た言葉ではないのだ。




「じゃぁ、どうすればいいんだよ!真鍋さんなら知ってるんだろ?」



もうこれは質問にはなっていない。先の見えない恋をしている少年の心からの悲鳴にしか聞こえなかった。
だが、そのおかげで真鍋も冷静になる。自分に適切なアドバイスが出来るとは思っていないが、第三者だからこそできることもある。


「逆に聞くが・・・お前はどうしたいんだ?」

「え・・・?」

「このまま黙り続けて友達の顔をし続けるのか?それとも・・・告るのか?今の状態だと、本当にお前、壊れるぞ?」

この状況を続けられるはずがない。何らかの形で動かなければ、仁科はいずれ押しつぶされる、そんな予感がする。それは決して外れることはないだろう。
そして、そんな仁科を見たら、絶対真鍋は悔やむ。


「本当に・・・分からないんだ。佑には付き合ってほしいと思う。だけど・・・やっぱり告白して嫌われるのは恐いし、今の関係は壊したくないんだ。
真鍋さんから見れば逃げてるようにしか見えないかもしれないけど、何だかんだ言って佐井も一応は大切な友達だからさ。
自分があきらめれば丸く収まるのかもしれない・・・そう思うしかないんだよ」




「そうか・・・」



真鍋にはもうそれしか言えなかった。そこまで自分で考えているのであれば、真鍋には入る余地がない。



「だが・・・お前は決して独りじゃないからな。それだけは忘れるなよ」



どうしても伝えておきたかった。
これから先仁科がどんな選択をするかは分からない。黙り続ける可能性は高いが、ひょっとしたら告白するかもしれない。
それで彼らが付き合うことになるかどうかも不明だ。
付き合うことになればそれはそれでよいのだが、そうでなかった場合は、決して独りで抱え込まないでほしい。


「真鍋さん・・・おせっかい」

人が珍しく心配しているのに・・・真鍋にはぐさっと来る一言ではあるが、それを言っている仁科はあまり怒っているようには見えなかった。

「仕方ないだろう?俺だって男相手にここまでするような人間じゃないんだ。だけど・・・今の仁科は危なっかしくて放っておけないんだよ」

「俺、そんなにやばい?」

「まさか・・・自覚してないのか?」

それには大きなため息を隠すことができなかった。仁科は本当に自覚がないのだろうか。ただの冗談だと思いたい。
気づいていないのなら、本当に末期的症状だ。人には『冷たい』といわれ、そして男に興味のない真鍋ですらも「自分がいてやらないと」と思ってしまうほどだ。
それがやばくないのなら、何がやばいというのだろうか。


「いや・・・」

途端、口ごもってしまう仁科。心当たりはそれなりにはあるのだろう。だが、それを危険だと思ってはいないようだ。

「まぁ、いい。これ以上は言わないでおく。だが、本当に思いつめすぎるな。
メアドだって教えてあるんだから、いつでもメールしてきていい。返事出せるようなら・・・返事してやる」


「それじゃ、意味ないじゃん」

無茶苦茶な真鍋の言葉に苦笑する仁科。いつでも返事しろと言いたいのは、言わなくても分かる。

「仕方ないだろう。俺だって社会人なんだ。いつも携帯見れるわけじゃないんだ。というか・・・基本的に人に教えないぞ、俺」

今回はやり場のないお金を処分するために仁科にアドレスと番号を教えてしまったが、普段はそんな真似は絶対しない。
仕事の付き合いで飲みにいく際にお酒の席で聞かれることはあるが、教えた記憶もない。
仮に何らかの拍子で教えたとしても、相当機嫌でもよくなければ返事はしないだろう。


「・・・そうだよな。真鍋さんもいつも仕事で疲れてるんだよな。それなのに・・・本当にごめん」

「別に気にすることはない。俺が勝手にやってるだけだ」

それでも仁科に番号を教えたのは、彼自身の意思だ。確かに仕事疲れもあるのだが、不思議と仁科といるとそれも忘れてしまう。
もっともそれは・・・別の疲れがあるような気もするのだが。それでも、彼といるのは心地が悪いわけではない。






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