第10夜

「ったく、これだからなぁ・・・。真鍋さん、彼女作る気、ないの?」


やれやれ・・・ため息をつかれる。本来ため息をつくのは真鍋のほうであるはずだが。
しかも彼女と、関連のない話題に行ってしまう。もし彼女を作る気があるのなら、仁科と一緒にいるわけがない・・・それを少年は分かっていない。


「どこをどうしたらそこにつながる?」

「もてるのにもったいない。俺が女だったら、即抱いてと言うね」

「・・・今は言わないのか?」

「一応俺にだって男のプライドってものがあるからね」

「そんなプライド、あっても仕方ないだろう・・・」

高校生は高校生なりに背伸びをしたいのかもしれない。ずっと親友を押し倒したいと思っていた人間が、急に押し倒されようと思うのも難しいだろう。
だが、そんな仁科が可愛く見えたのは、秘密の話。


「真鍋さんは男なんか好きにならないから当たり前のように押し倒すことしか考えてないけど、俺はそうも行かないんだよね・・・」

「そういうものなのか・・・?」

「そういうものなんです。やっぱりアレを受け入れるのはなぁ・・・」

「お前、あるのか?」

ぽつんと放った問いに、真っ青になって仁科は否定する。



「あるわけないじゃないか!想像しただけでぞっとする」



「ってことは、そんな感情を親友に抱いたわけだ」



にやりと笑った真鍋に、一気に固まってしまう仁科。

「そうなんだよなぁ・・・。俺が佑と同じ立場だったら、やっぱり嫌かもしれない。
でも、好きになったものはどうしようもないんだ・・・ホント、人の気持ちって難しいと思う。
自分でどうにかできればよかったのに・・・」


軽くうつむき、口ごもる仁科。彼の言うとおり自分でどうこうできる程度の想いであれば、ここまで思いつめはしないだろう。
今までのが空元気だと思うと、痛々しく思う。真鍋ができることといえば・・・。




「・・・また同情」



結局抱きしめることしかできなかった。まだ自分をさらけ出していない仁科には、何を言っても自分の気持ちは伝わりそうにはなかったのだ。
それでも、しっかりと伝えておきたかった。少年に解らせてあげたかった。ここに仁科のことを心配している人間がいることを・・・。


「何とでも言え。どうせ俺の言葉なんか信じないんだろ」

こんな言葉を吐きたいわけではないのに、自分の気持ちを伝えられない・・・そんなもどかしさから、つい真鍋の口調もきついものとなってしまう。
そんな真鍋を見て、仁科も落ち込んだ様子を見せる。


「ごめんなさい。真鍋さんのことを信じないわけじゃないし、怒らせるつもりもなかったんだ。
だけど、見ず知らずの人にこんなに優しくされたことってないから、調子が狂うんだ。
何で真鍋さんは俺にここまでしてくれるんだろう・・・だって、真鍋さん、何かメリットってあるの?」


「あぁ・・・それは・・・ないなぁ・・・」

育ち盛りの高校生から出る『メリット』にぎょっとする。高校生のうちから損得で人間関係を考える必要はない。
そんな感情は大人になってから嫌というほどすることになる・・・と、自分らしくないことを思うことになる。


「でしょ?俺をどうにかしたいってんなら、納得もできる。
それなら俺だって、安心して身を任すことだってできる・・・いや、そんなにホイホイついてくわけじゃないけど。
だけど・・・真鍋さんの意図が解らないんだよね。だからちょっと怖いんだ」


仁科が一線を引きたがる理由が分かった。それは仁科と真鍋が他人だからだ。
これが友達同士なら、そんなことは思わないのかもしれない―もっとも、友達同士ならこんな話はできないのかもしれないが―。
だが、彼らは知り合ったばかりの関係。仁科が甘えつつも警戒するのは無理はない。


「仁科・・・お前、何で佑君のことを好きになったんだ?」

「え・・・?」

「こういうのって、しようとしてできるものではないだろ?それと同じだよ。俺がお前を心配するのに、理由が必要か?
そんなに必要なら・・・そうだな・・・お前に落ち込まれると仕事が手に付かなくなる・・・それじゃだめか?」


それはまんざら嘘ではなかった。仁科を置いて出社したとき、ものすごく真鍋は心配していた。
安全面もあるにはあるのだが、それ以上に学校に行ったのかだとか、まだ酔いつぶれていやしないかだとか・・・そんな思いをするくらいなら、近くにいてくれたほうが安心もする。


「ううん・・・。それなら俺、真鍋さんのこと、信じてもいいんだね・・・」

真鍋が柄にもなく丁寧に話して信じて貰おうとしているのに、仁科はまだ気がかりなことがあるらしい。

「な、何をだ?」

「俺を甘えさせてくれるんなら・・・途中で放り出さないでほしいです。真鍋さんはそんなこと、しないとは思うけど」






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